アエラの連載企画「ニッポンの課長」。
現場を駆けずりまわって、マネジメントもやる。部下と上司の間に立って、仕事をやりとげる。それが「課長」だ。
あの企業の課長はどんな現場で、何に取り組んでいるのか。彼らの現場を取材をした。
今回は喜代村の「ニッポンの課長」を紹介する。
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■喜代村 喜代村塾(すし職人養成校) 教育課長 下山和秀(48)
すしを握るその手はツヤッとして滑らか。「修業先の大旦那に教えられた。『板前は役者だ』って。お客様に見られる商売だから」。その教えを守ってケアを怠らない下山和秀=上=の手は、十数年間、荒れたことがない。
「すしざんまい」を展開する喜代村はすし学校「喜代村塾」を運営している。未経験者を正社員として採用し、職人養成基礎講座で約3カ月間指導する。その後は店舗で実践を重ね、約2年間で一人前のすし職人を目指す。板前が減り、修業者を受け入れる個人店も減る中、若手の育成は業界全体の大きな課題だ。ここで座学から実践まで指導にあたっているのが下山である。生徒は10代もいれば脱サラした20代、30代も。女性も徐々に増えてきた。「女性は板前に向かない」といわれたのは昔の話。やる気に男女は関係ない。
「入塾式で『厳しいよ』とあらかじめ言っているけど、卒業前に辞める生徒も少なくない。簡単にプロになれると思っているんだろうね。寂しいけど、他の一生懸命な生徒のために気持ちはすぐに切り替える」
振り返れば、自分も辞めたいと何度も思った。ヤンチャしていた中学を卒業後、日本橋の店で修業。朝は早いし力仕事も多い。でも高校に進学した同級生は遊んでいる。
板前としての覚悟が決まったのは20代半ば。都内の店を3軒ほど経て、先輩に引っ張られる形で2003年に喜代村入社。本店勤務や新規店舗の立ち上げにも携わり、店長も務めた。10年、上司や周囲の推薦で講師となった。
生徒によく言うことは「頭は生きてるうちに使え」。次々に入るオーダーをすべて覚え、箸を使う人と手でつまむ人とでは握り方を変え、笑顔で会話。頭はフル回転だ。
「仕事は一生修業。現場でも、学校でもそう。人を育てることにもゴールはないでしょ」
一人前に育った姿を見るのがうれしい。海外のすし店に就職したという知らせが届くこともある。「私は口が悪いから講師に向かない」と笑うが、教え子たちはなぜ下山が講師に推薦されたのかわかっているはずだ。
(文中敬称略)
(ライター・安楽由紀子 写真・伊ケ崎忍)
※AERA 2017年2月6号