登山家で写真家のジミー・チン(43)が撮ったドキュメンタリー映画「MERU/メルー」。登山映画の枠を超え、2015年のサンダンス映画祭で観客賞を受賞した。異例の人気の秘密は?
舞台はヒマラヤ山脈メルー中央峰。カメラはその最上部にそびえる難攻不落の岩壁“シャークスフィン”に挑む3人の登山家──コンラッド・アンカーとレナン・オズターク、ジミー・チンを映し出す。
冒頭、3人がテントの中で吹雪をしのぐ場面がある。
一見、静かで平和なシーンだが、視点が変わると、そのテントはなんと6千メートル超の高所の壁に、ミノムシのように吊るされているのだ! 「どうやって撮ったんだろう?」──そう思わずにいられない場面の連続だ。
「正直、テントの中ではほかにすることがないので撮影は楽なんです。やっぱり大変なのは登りながらの撮影。ザイルを扱いつつカメラをバッグから取り出すだけでも危険だし、カメラを落とさないようにするのに精いっぱいです。実際に落としたことはありませんけどね」
と、ジミー・チン監督は話す。中国系アメリカ人の2世として生まれ、子どものころからスキー好き。16歳で登山を始め、23歳で写真に興味を持ち、「登りながら撮る」というスタイルを確立した。
まずは登山ありきで「撮影が登山の邪魔になってはならない」が信条だ。
「登山中の仲間に『ちょっとそこに立って!』とも言えないですし(笑)、注文を一切出さずに撮るのは難しいんです。自分も疲れてクタクタになるし、登り切っても『またここを下りるのか!』と思うと、喜んでばかりもいられない。『もう限界! 撮れない!』と、いつも思いますよ」
●メルーはもう忘れようと
登山家にとって最もつらいのは登頂の失敗だ。冒頭のビバークシーンの後、3人は頂上までわずか100メートルのところで登頂を断念することになる。
「08年の失敗は本当にショックで、もうメルーに戻るとは思っていなかった。あまりにつらい思い出なので、考えないようにすらしていました」