『渚にて』ON THE BEACH
『渚にて』ON THE BEACH
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 『トゥナイツ・ザ・ナイト』のレコーディングを終えると、ニールは、ふたたびサンタ・モニカ・フライヤーズとのツアーをスタートさせている。コンセプトもタイトルも同じで、残された記録によれば、連日、収録曲のほぼすべてを演奏したようだ。つまり、ほとんど誰も耳にしたことがなかった暗い歌の数々をたっぷりと歌いつづけたわけである。

 そのツアーの終了直前ということになる1973年11月(おそらく『トゥナイツ・ザ・ナイト』の発売延期はもう決まっていたと思われる)、ニールは次の作品の制作に着手している。録音の核となったのは、ニール、ベン・キース、ラルフ・モリーナ、ティム・ドラモンドから成るユニット。本格的なレコーディングは74年を迎えてからLAのサンセット・サウンドとパロアルト近郊ウッドサイドのブロークン・アロウ・ランチで行なわれているのだが、その成果が、同年夏に発表された『オン・ザ・ビーチ』だ。

 当時の言い方を使うなら、針を落としたときに聞こえてきた音とビートはある種の明るさを漂わせていた。しかし、「ウォーク・オン」と、タイトルこそポジティヴな印象を与えるものではあるものの、中身は徹底した「ほっておいてくれ」的意思表示である。2曲目の「シー・ザ・スカイ・アバウト・トゥ・レイン」は、ザ・バーズが再結成アルバムに収めたヴァージョン(73年発表。リード・ヴォーカルはジーン・クラーク)によって、すでに深く胸に刻まれていた。ウーリッツァのエレクトリック・ピアノが響き渡る美しい曲だが、雨や曇り空をメタファーとして描かれているのは、ダークネスそのものだ。

 ザ・バンドのリック・ダンコとリヴォン・ヘルムが強烈に個性を主張している「レヴォリューション・ブルース」は、面識もあったというチャールズ・マンソンの猟奇的事件に触発されて書いたものだろう。「ヴァンパイア・ブルース」では辛辣な言葉で音楽業界関係者を皮肉っている。ジャケットの、「フィンテイルの車が埋められた砂浜」という意匠も、突飛というレベルをはるかに超えたものだった。

 このあと、ようやく『トゥナイツ・ザ・ナイト』が発売され、ニールは吹っ切れたかのように、新たな一歩を踏み出す。クレイジー・ホースとの活動をあらためて軌道に乗せたのだ。[次回7/22(月)更新予定]

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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