●人間不信の孤独な朴氏
その意味では過去の大統領のような轍を踏むはずはなかったのだが、今回の事件には、韓国大統領をめぐる構造的な問題に加え、朴氏の強い人間不信も大きく影響している。
相次ぐ政治的な裏切りを経験してきた朴氏は、軍事独裁をしいた父、朴正熙(パクチョンヒ)・元大統領を慕う支持層を背景に、大統領への道を歩んできた。
だが、国会議員時代から対面方式で多くを語ることは得意ではなかった。厳しい反対意見に遭い、険悪な空気が流れても、声を荒らげることなく、ひたすら相手をにらみつける。迫力に満ちた凝視は国会議員や政府高官から「朴槿恵ビーム」と呼ばれ、忌避されてきた。
秘書官らの直接説明よりも、文書での報告を好んだ。どっさり積まれた報告書に目を通しつつ、大統領公邸で1人で夕食を取るといわれている。
今は政権を出た元政府当局者は「大統領はとっぴな提案や判断をしたことがあった。でもまさか何の資格もない中年女性の助言に左右されるなんて。韓国はOECD加盟国ですよ」と呆然と話す。だが、もしもその「まさか」であったなら、何とも恐ろしい綱渡りというしかない。
大統領周辺の不正の再発を防ぐにはどうすればいいのか。
そのために何度も指摘されてきたのが、大統領権限の分散や再選を可能にする憲法改正だ。現行の大統領の任期は5年1期限りで、政権の後半は求心力の衰えが著しく、効率も悪い。
最近の大統領選では、当選後の改憲を主張する候補が多い。だが、いざ就任すると看板政策から手をつけ、憲法問題は後回しになってきた。改憲を議論しはじめると、政権が求心力を失い、死に体になるからだ。
朴氏は10月24日、大統領任期を見直す改憲を、自身の任期中に推進する、と突然表明した。だがその日の夜、韓国メディアが、崔容疑者が使ったとされるタブレット型端末の中身を暴露。朴氏の地位を脅かす国政介入疑惑が一気に持ち上がり、改憲の議論はあえなく消えた。(朝日新聞論説委員・箱田哲也)
※AERA 2016年11月28日号