関係が好転しつつあるロシアが持ち出してきたシベリア鉄道の北海道延伸案。冷静に考えればメリットがあまりなさそうなこの案を推進するのは、「ロマン」の力かもしれない。
シベリア鉄道が北海道へ──。
そんなニュースが産経新聞で報じられたのは、10月3日のことだ。
5月の首脳会談で安倍晋三首相が協力プランをもちかけ、北方領土問題進展の可能性も高まるなど一気に雪解けムードの日ロ関係。日本が検討しているロシアとの経済協力プロジェクトの中で、ロシア側からの提案として報じられたのがシベリア鉄道の延伸案だった。
●戦前には国際鉄道
シベリア鉄道はロシア極東の中心都市、ウラジオストクから首都モスクワまで約9千キロを結ぶ路線。モスクワからはベルリンやパリなどヨーロッパ各地への鉄路もあり、北海道延伸が実現すれば日本各地から鉄道だけでヨーロッパへの旅行も可能になる。戦前にあった、東京から大連、釜山を経由、南満州鉄道(満鉄)を経てシベリア鉄道へとつながる欧亜連絡鉄道がよみがえるかのようだ。
2013年にロシアの極東発展省が、サハリン島と大陸を結ぶ橋と鉄道の総工費1兆円にものぼる建設構想を明らかにしている。11年にはロシアのプーチン現大統領が「(サハリンを経由し)トンネルで日本と(ロシアの大陸部を)直接つなぐこともできる。我々の物流能力の利用を非常に高める壮大な計画だ」と発言しており、ロシアにとってシベリア鉄道延伸はかなり「本気」の計画であることが見てとれる。サハリンと北海道の間にある宗谷海峡(約42キロ、水深30~70メートル)は青函トンネルの通る津軽海峡と比べても浅く、工事はそれほど困難ではないと予想されている。実際に開業した場合、日本にとってメリットはあるのか。
●どうするレール幅?
シベリア鉄道は旅客も取り扱っているが、その役割の大半は貨物、特に内陸部で産出される石油や石炭、木材、金属などの輸送だ。日ロの貿易は、日本の輸入品が輸出品に比べ重量比で約40倍。そのうち約4割を石油、3割弱を液化天然ガス(LNG)が占めている。鉄道ジャーナリストの梅原淳さんの試算では、20両編成の貨物列車を仕立てたとして石油とLNGをすべて陸路で運んだ場合、1日あたりの貨物列車の本数は30本になる。
「青函トンネルを通る定期貨物列車の本数は上下計38本ですから、あながち不可能な数字ではありません」(梅原さん)
だが、実現にはいくつもハードルがある。まず、ロシアと日本のJRとはレールの幅(軌間)が違う。ロシアは1520ミリ、日本は1067ミリだ。旅客列車については台車を付け替えることで直通運転は可能だが、貨物はコンテナの大きさも違うため積み替えが必要になる。
また、北海道稚内市から旭川市までを結ぶJR北海道・宗谷線は現状では貨物輸送に耐えられず、路盤の改修が必要になる。
「1キロあたり3億円として、宗谷線は260キロありますから780億円かかります」(梅原さん)
宗谷線の名寄─稚内間は15年にJR北海道が「利用客が特に少ない」と公表した10線区に含まれており、同線は今年のダイヤ改定で列車本数が削減されているなど存続の危機だ。それだけの投資をする価値があるか疑問が残る。日本とロシアの物流に詳しい環日本海経済研究所名誉研究員の辻久子さんは、「ロシアの人は鉄道は廃止されないものと信じているため、日本側の宗谷線が廃止されるかもしれないとは考えていない。だからこういう計画が浮上するのです」と分析する。
これだけのハードルがあるシベリア鉄道延伸。そのアイデアを10年近く前から主張してきた人間がいまの政府中枢にいる。