お店の看板猫になったり、駅長になったり……その愛らしさを武器に様々な場所で活躍している猫たち。実は都内には「猫親方」もいるんです。
朝、6時半。あたりはまだ薄暗い。それでもすでに東京・日本橋の住宅街にある相撲部屋、荒汐部屋には明かりがつき、力士たちが稽古をはじめていた。
力士たちがぶつかり合うと、肌と肌が「バチン」と音をたてる。厳しい稽古に息も荒い。
「相手をよく見て!」
「おっつけて。そんなところで差しに行ったら、上体が浮くだろう!」
荒汐親方(元小結・大豊)の鋭い声が力士たちに飛ぶ。弟子を見る目は真剣そのもの。時に手ぶりを交えて、熱のこもった指導が続く。そして、親方の膝には猫。……そう、猫がいる。
厳しい指導とは対照的に、グレーの猫がリラックスしきった様子で膝の上で目をつぶる。手ぶりにも、大きな声にも、我関せず。荒汐親方も、そんな猫の様子に時折目を細め、背をなでる。この堂々たるオス猫こそが荒汐部屋で飼われているモル。彼を知る者は、ひそかにこう呼ぶ。「モル親方」と──。
モルは毎朝稽古場にやって来ては、稽古が終わるまで過ごす。窓際に置かれた座布団が定位置。気が向けば、稽古中も自由に動く。親方の膝の上で甘えたり、畳の上で寝っころがったり。
「稽古中に、俺らがモルの近くまでバーンと投げ飛ばされても、微動だにしないですよ」 と力士が驚くほどの肝っ玉猫。体重10キロ、御年11歳。「猫だまし」なんかにはだまされない、立派なもう一人(匹?)の“親方”なのだ。
「モルはお守りみたいな存在」
そう話すのは、荒汐部屋のおかみ、鈴木ゆかさん。