カナダのテレビ局ICI ― エクスプロラのハイテク担当ジャーナリスト、ジャン・ミシェル・バナス(31)は、小さいころから、ソニーのテレビで育った。以来、ほかのメーカーのテレビを買ったことはなく、3カ月前にもソニーの「ブラビア」を買ったばかり。

「ハッカーの事件は取り返しがつかないダメージとなったが、ブラビアを買ったことは後悔していない。テレビ売り場で、明らかにほかのテレビが見劣りした。今回の展示でも、スマートフォンや、カメラレンズの出来も、美しくて素晴らしい」

●全盛期の記憶にしがみつく

 ラスベガスのタクシー運転手らも、記者が日本人でCESに来ていると分かると、「テレビと言ったらソニーだ」と、口をそろえて言う。これほど消費者がソニー製品を評価しているのに、ハッカー事件の消費者に対する説明不足のような事態が、なぜ起きてしまうのか。そして、大規模なリストラ、業績の赤字転落など、なぜ、ソニーは「一人負け」状態に陥っているのか。

 米経済紙ウォールストリート・ジャーナル元記者で、過去にソニーの担当をしていたサンフランシスコ在住のジャーナリスト、ケイン岩谷ゆかりはこう言う。

「ソニーに起きたことは、不可避だった。全盛期の記憶にしがみついているのが長過ぎたし、パソコンやテレビ事業の売却・分離の決断も遅すぎた。刻々と変わる潮流の中で、進化し、先を読むことができなかった。一度成功すると、成功のもとがいつまでも成功と優位性を約束してくれると思い込んでしまいがちだが、テクノロジーの世界はそうではない」

 アップル社について200人超に話を聞き、『沈みゆく帝国』(日経BP社刊)を著したケイン岩谷は、ソニーも長く取材してきた。彼女によると、ソニーでは各事業部にスター社員がいて、ほかの事業部を犠牲にしてでも目標を達成しようという「縦割り主義」が強いという。

「しかし、韓国のメーカーなど挑戦的な競争相手と戦場が増えるほど、縦割り主義は足かせでしかない。今は、テレビでもゲーム機でも、製品を絞り込み、どんな消費者にも理解されるような、シンプルで、コアがあり、何にでも通じるアイデアに基づいた製品が求められる」

 ソニーの「縦割り主義」は、CESの記者会見でも表れる。韓国のサムスン電子やLG電子の記者会見は、「モバイル」「スマートホーム」「テレビ」「白物家電」と柱がはっきりと分かるプレゼンだ。一つの柱に一つの「スター製品」があり、印象に残る。一方、ソニーは12年のCESで、日本だけで発売されていた「プレイステーション ヴィータ」を展示し、その美しい液晶画面に米国のゲームファンから歓声があがった。ところが、記者会見ではほとんど触れなかった。ソニー関係者によると、「ゲーム機は“家電”ではない」からだそうだ。しかし、消費者は誰一人、そうは思っていない。

●消費者との真の関係を築く

 それでも、ソニーの記者会見に参加するメディア関係者の数は年々増えている。ソニーが発表する製品への「期待」が決して衰えていない証拠だ。

 しかし、ソニーが真に復活しない限り、メディアの期待と消費者の評価が持続するとはいえない。果たして、ソニーが全盛期に築いたDNAは残っているのか。ケイン岩谷とスティーブンスは、別々に取材したのに、口をそろえて言った。「イエス、それがソニーにとってのグッドニュースだ」と。

「才能豊かな人材と、魅力ある技術をたくさん持っている。今はとにかく実行可能で現実的なビジョンが必要だ。ソニーの過去のビジョンは、理想を求め過ぎていて、現実に即していなかった」(ケイン岩谷)

「今回発表した4Kテレビなど、デザイン力は以前のまま。スタイリッシュで、うれしくなる」(スティーブンス)

 映画「ジ・インタビュー」の興行収入は、ネット配信の売り上げが1月4日までで3100万ドル(約37億円)を超えた。ロイター通信によると映画館での興行収入は約500万ドル。一連の騒動が話題を呼び、観客動員につながった。制作費は4400万ドルだから、SPEにとっては悪くない結果となった。

 しかし、ソニーの名を傷つけるリスクがあるコメディー映画を、それだけの巨額な費用をかけて作る必要があったのかという疑問も残る。ビジネスのコアを定め、縦割り主義の弊害を打破できるかどうか。そして、消費者との真のコミュニケーションを築けるかどうかが、「世界のソニー」復活のカギを握っている。 (文中一部敬称略)

(ジャーナリスト・津山恵子)(ニューヨーク)

AERA 2015年1月19日号