アラブの春の後の混乱に乗じて、イスラム国という「怪物」が姿を現した。日本人も拘束される事態となり、その動向はより注目される。

 ターバンを身にまとい、モスクで群衆の前に立った男の右腕には、本物なら数百万円はする高級腕時計が光っていた。

 ロレックスか、タグ・ホイヤーか、それともオメガか。欧米のツイッター上でさんざん話題になった。世界を恐怖させる「イスラム国」の指導者には、あまりにも似つかわしくないからだ。謎の人物とされ、実在すら疑われてきたバグダディ師が、事実上初めて公の場に姿を現したのは7月4日。イラク北部・モスルでの金曜礼拝だった。

 バグダディ師は1971年にイラクで生まれ、バグダッド大学で学位を取得。ビンラディンらより1世代若く、アルカイダ「第2世代」である。

 礼拝の直前、イスラム最高権力者「カリフ」への就任を宣言した。たちの悪いジョークだと笑い飛ばせないほど「イスラム国」の伸張は激しい。イラク、シリアのそれぞれ3分の1を制圧し、両国で70カ所の油田を手に入れたとも。「聖戦」には世界中からムスリムも参戦する。

 このイスラム国に、千葉県出身の湯川遥菜さんが拘束された。死亡説も流れたが、解放交渉が始まったとの見方もある。湯川さんは「民間軍事会社」を立ち上げ、「経験を積みたい」と今年4月にシリアを訪問。北部の都市マレアでイスラム国と敵対する反体制派の自由シリア軍に拘束され、たまたま現地にいたジャーナリストの後藤健二さんは兵士側に通訳を頼まれて知り合ったという。

「湯川さんは本来明るい性格で、自由シリア軍の若手兵士ともイスラム名のニックネームをもらうほど打ち解け合い、日本に戻ってもフェイスブックで交流を続け、今回は日本で買ったブーツなどのプレゼントを持って再訪したのです。戦闘で足にけがをして逃げ遅れたようです。シリアは激しい戦闘が続いて誰もが疑心暗鬼になっており、スパイと疑われないよう、最前線に入るな、銃は持つなと何度も忠告したのですが。金目当ての集団ではないので、解放交渉には時間がかかるでしょう」

AERA 2014年9月1日号より抜粋