読書家の間でブームを巻き起こしている知的書評合戦。
お薦め本をプレゼンするだけのシンプルなゲームがとにかく楽しい。(ライター・柿崎明子)
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「生理痛は、睾丸をわしづかみにされる痛みに匹敵するというツイッターの書き込みを見て、衝撃を受けました」
会場に笑いが起こる。つかみは上々。昨秋、紀伊國屋書店新宿南店(東京都)で開かれたビブリオバトルの一コマだ。
ビブリオバトルとは「知的書評合戦」の異名を取る、本のプレゼンゲーム。4~6人程度のプレゼンターが5分ずつお薦め本を紹介する。約2分の質疑応答を経て、聴衆が読みたいと思った本に手をあげ、多数決で「チャンプ本」を選ぶ。
冒頭のプレゼンは、マーケティングリサーチ会社勤務の安村正也さん(45)による『生理用品の社会史』の紹介だ。「男の僕がこのような公の場でナプキン、タンポンと連呼するのも何ですが」と笑いをとりながら、「生理をタブー視するのではなく、その裏に女性の歴史があることを本を手にとって知ってほしい」と締めくくった。
安村さんはビブリオバトル出場55回を数えるベテラン。
「プレゼンの上手下手より、その本が好きだという思いが伝わらないとチャンプ本は取れません。聴衆は本に通じている人が多いので本を選ぶ時は平積みのものを避け、あまり知られていない、でもちょっと興味を引きそうな内容をチョイスします」
●ソーシャルリーディング
同店では、2年前から1~2カ月に1回、大会を開く。この日は50人ほど聴衆が集まり、3ゲームで3人の勝者が生まれた。2ゲーム目は初出場の創価大学1年生の武藤広行さんがチャンプ本を獲得。「人前に立つのが苦手。克服のためにも出場を決意しました。僕の話を聞いてくれてうれしかった」
3ゲーム目の勝者は鈴木貴三さん(38)。
「ビブリオはブログよりリアルに反応が返るのが楽しい」
同店は、バトル開催後数日間、紹介された本の展示コーナーを設ける。推進チームの瀬部貴行さんはこう話す。
「ネットの発達で、本屋で紙の媒体を売るのが難しい時代。本屋に足を運ぶ楽しさをアピールしたい。ビブリオは一般の人が一般の人に本を薦める、今までなかったソーシャルリーディング。本来、読書は孤独な営みですが、ビブリオは本を通してコミュニケーションを図る楽しさがある」
この日、バトルに立ち寄ったさいたま市在住の会社員の感想は、「初めてビブリオを見ましたが、パワーポイントを使わないのがいいですね。本の内容をいかに解釈して自分の言葉だけで伝えていくか、そこが面白い」。
●生みの親は理系人間
ビブリオバトルの生みの親は、立命館大学情報理工学部の谷口忠大准教授。現在、ビブリオバトル普及委員会の理事・代表も務めている。谷口准教授は、根っからの理系人間。京都大学大学院工学研究科でコミュニケーション能力の研究を行った後、2007年に情報学研究科に移り、組織のコミュニケーションについて勉強会を始め、使用する本を探すために考え出された方法がビブリオバトルだった。谷口准教授は立命館大学に移ったが、口コミや動画サイト、ウェブページを通じてじわじわ広がった。谷口准教授は話す。
「年に8万以上、本が洪水のように出版される時代。以前はランキングや著名人の推薦といった、ある意味での権威を信じて読む本を決めてればよかったわけですが、今は読者が能動的に本を選んでいく時代だと思ってます。またウェブなどで、消費者が自分の考えを発信するようになった。そんな変化が、普通の人が面白いと思った本を紹介する、ビブリオバトルというゲームが広がる素地になったのではないか」
●ルールはシンプル
ビブリオバトルのルールは、いたってシンプルだ。配布資料やスクリーンは使わず、話だけで5分間ひたすら本の面白さを伝える。大学生対象のビブリオバトル首都決戦から、有志数人が居酒屋で開くものまで規模や形式はさまざまだ。学校、図書館、会社、書店などで広がっている。話す訓練になり、プレゼン力は仕事にも役立つと感じる人が多い。
留学生の日本語力向上のために取り入れているのが、室蘭工業大学国際交流センター(北海道)だ。指導する山路奈保子准教授は「普段の会話は相手が手助けするが、ビブリオは5分間、自分一人で発表せざるを得ない。日本語の良い訓練になる」と話す。
勝者になったネパールからの留学生スレスタ・スリ・クリスナさん(27)は、海外の学会で英語発表する時も、ビブリオで培ったプレゼンのノウハウが生きたという。
授業の一環として取り入れているのは、京都府の向日市立西ノ岡中学校だ。4分の短縮版で、班などの単位で行う。
「自分の考えを言葉できちんと伝えることは非常に大切な勉強。ビブリオはその一環として全校で取り組んでいる」(三輪秀文校長)
「当社はビブリオバトルを取り入れた企業第1号だと思う」と言うのは、医療機器などを扱う琉球光和(那覇市)の秦一社長。
「ビブリオバトルはバリアフリーの格闘技。最近は仕事も娯楽も細分化され、専門性が高まって老若男女が一緒にできるものがない。その点ビブリオは、業種も年もベテランも若手も関係ない」
若手社員が中心になり、月1回開く。普段読まない分野にもチャレンジしてほしいと、毎回テーマが決められている。伊波由里絵さん(24)は恋愛のテーマで勝者になった。異業種のテーマで勝者になった桑木茉里南さん(25)は「最初は軽いノリでしたが、今では出るからにはチャンプ本を取りたいと欲が出てきました」と話す。
●居酒屋で妖怪本バトル
ちょっと変わったバトルも繰り広げられている。
妖怪伝承スポットを訪ねたり、古書店を巡って妖怪に関する本を探したりと妖怪をこよなく愛するメンバーが、イベントの一つとして開く「妖怪ビブリオバトル」。実行委員の稲川綾乃さんは、ビブリオバトルの普及委員も兼ねている。
「妖怪は目で見えるものではなく本で知識を得ますから、妖怪の愛好家は読書好きが多い。ビブリオとも親和性がいいんです」
東京・高円寺の居酒屋まんまみじんこ洞で開かれた会をのぞいた。狭い店に20人ほど集まり、熱気がこもる。毎回偉人の名前が冠名に付けられ、今回は植物病理学者の白井光太郎杯。実行委員でイラストレーターの氷厘亭氷泉(こおりんていひょーせん)さん(29)が副賞の巻き尺を、式水下流さんが光太郎の胸像を手作りし、チャンプ本獲得者に贈呈するといった念の入れよう。
この日の最初のゲームで勝者になった氷厘亭氷泉さんは、「中学から妖怪に関心を持ち始めた。ビブリオでは、守備範囲にない幅広い本を知ることができるから楽しいですね」と話した。メンバーたちはグラスを片手に本を語り合い、夜遅くまで盛り上がった。
さてあなたなら、どの本に1票入れますか?
※AERA 2014年1月27日号