村山由佳(むらやま・ゆか)1964年東京都生まれ。2003年『星々の舟』で第129回直木賞を受賞。母との葛藤を描いた『放蕩記』など著書多数(撮影/高井正彦)
村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ。2003年『星々の舟』で第129回直木賞を受賞。母との葛藤を描いた『放蕩記』など著書多数(撮影/高井正彦)
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 作家の村山由佳さんには、認知症の母親がいる。実はかつて母と関係が良くなかったという村山さん、認知症が進んだ今もその「わだかまり」は消えないという。

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 母が認知症になってから10年近く経ちました。昔は社交的な母だったのに、今では外に出たがりません。そして、1分前の会話すら記憶できなくなりました。先日は、ついに「あんた誰やったかいな」と言われてしまいました。これはこたえましたね。とうとうこの時が来てしまったのか…という感じです。大雨の降るその日の帰り道、車を運転しながら、私の目にもワイパーがほしいと思ったものです。

 母が認知症になり、私の作品を読めなくなったことで、初めて書けるようになったことがたくさんあります。『放蕩記』に母とのことを書いたのも、「これで母を傷つけなくて済む」と思ったから。正直言って、母の認知症でここまで自分が自由になるとは思いませんでした。

 でも、過去のことが完全に水に流せるわけではないんですよね。母は認知症になってから、以前のように私に対して暴言を吐かなくなりました。なのに、すがすがしい気持ちでは受け止められない。「認知症になっても外面だけはいいんだな」と思ってしまうんです。そして、そのたびに、自分はなんと冷たいんだろうと罪悪感にさいなまれます。

 昔は母の怖い声を聞くだけで、縮こまって何も言えませんでした。でも、認知症になってしまえば母に優しくせざるを得ないんです。もう対峙できない。「勝手にリングを降りちゃって」と思うんですよ。結局、腹を割って話すことがないまま、母は逝ってしまうのでしょう。

 認知症の母の介護は、父が行っています。本音を言うと、母よりも父のほうが心配です。2カ月に1回実家に帰るのも、父に会いたいから。本当は、父と暮らしたい。だけど、今の実家には母がいる。母にやさしく接してあげる自信がいまだにありません。母とのことは、まだまだ解決のつかない問題なんです。

AERA  2013年10月14日号