女性で2人目の事務次官となった厚生労働省の村木厚子さん(57)は2009年、郵便不正事件で大阪地検特捜部に逮捕されたものの無実を主張、無罪判決を勝ち取った。冤罪を乗り越えての事務方トップ就任は、「悲劇のヒロイン」という文脈で語られがちだ。だが、本当に大きいのは、旧帝大卒のエリートが幅を利かせる男社会の「霞が関」で、地方大学出身の女性が子育てをしながらトップに上り詰めたことではないか。
旧労働省で6期上だった坂本由紀子元参院議員は、こう語る。
「彼女の熱心な仕事ぶり、優秀さは省内でも定評があった。女性だとか、事件とは関係なく、きちんと評価された結果。当たり前のことだと思います」
とはいえ、転勤、長時間労働が当たり前のキャリア官僚の世界で、2人の子どもを育てながら仕事をするのは並々ならぬ苦労があったに違いない。しかも入省当時は、「男女雇用機会均等法もなく、採用担当者が『労働省の女はなかなか辞めないから、女は1人しか採らない』と明言する時代」(坂本さん)だった。
村木さんも、著書『あきらめない 働くあなたに贈る真実のメッセージ』(日経BP社)のなかで、子どもが小さかった頃をこう綴っている。
〈とにかくいつも時間が足りない。保育ママさんが預かってくれるぎりぎりまで仕事をして子どもを迎えに行き、時間に追いかけられながら、また翌日が始まる。お金で買える時間は、お給料全部を使ってでも買いたいと思いました〉
だが、そんな母親の姿を娘たちは見ていた。郵便不正事件で逮捕され、面会できなかった時は、毎日「ママ、かっこいいよ!」「さすが自慢のママです」と手書きのメッセージを弁護士に託した。
その熱心な仕事ぶりは現場の人たちの心も掴んだ。社会福祉法人「プロップ・ステーション」理事長の竹中ナミさんは、村木さんが障害者雇用対策課長時代に初めて会った。働く意欲のある障害者の就労支援をしていた竹中さんに、村木さんはこう言ったという。
「女性や障害者が働きにくいっていう壁は同じ“日本のシステム”なんだ! ナミねぇ、一緒に変えていこう」
村木さんは著書の中で、スーパーウーマンではなく、「ふつうの女性のロールモデルになりたい」と書いている。
村木さんが道を切り開いてこられたのは、目の前のことに一生懸命取り組む、そんな「ふつう」のことを決しておろそかにしない姿勢ゆえだったのかもしれない。
※AERA 2013年7月15日号