落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「共演者」。
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編集者から毎回「これについて書け」と指令が下るこのコラム。K氏はどうしても書かせたいらしい。私にはわかる。ホントはあまり書きたくないのだが……。
その『共演者』とはズバリ、Eテレ『落語ディーパー!~東出・一之輔の噺のはなし~』で共演中の、若手真打ち・柳家わさび師匠のことだろう。仕方ない。あんまり気が乗らないが、わさび師匠のことをつらつらと書いてみたい。え? 興味ない? またまたー。
そもそも私とわさび師匠の出会いは21年前。日大芸術学部落語研究会に新入生として彼が入部してきた。当時、私は3年生。後の柳家わさびこと宮崎青年の第一印象は「使用済みの綿棒」。ヒョロリと背が高く、ガリガリに痩せていて、色白で、かつ小汚い。「キミは落語が好きなのかい?」と尋ねると「ありがとうございます。よく言われます」と応えた。面白そうなので入部を許可することにした。
ただ落語をやらせても小声で何を言ってるかよくわからない。浴衣を着せると結核患者にしか見えない。
私「『こんちわー、御隠居さん』って言ってごらん」
わさび「……ポイ、ん、せち、あ……」
私「……こんちわー!」
わ「コ、んちー、たーたー」
私「……惜しいな」
わ「……お、し、い、な」
私「そこは言わなくていいんだよ」
わ「ありがとうございます」
私「なんの御礼だよ」
万事この調子である。
稽古を休んだ日、その理由を聞くと「向かい風が強くて部室までたどりつけませんでした」と震えながらささやく糸屑。
その年の秋の学園祭。落研は教室を寄席にして、朝から晩まで落語を延々と披露するのだが、客席の片隅で一日中佇んでいるマダムがいる。「ぼくの、お、か、あ、さん、で、す」。出来の悪い九官鳥くらいの言語力で指をさす人間ナナフシ。「いつも息子がお世話になっております」。スラッとした美魔女がこの歩く藁細工の母親とは!