半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「夢のようなこと 本気でやれば長生きします」
セトウチさん
天に向って「エイッ!!」とセトウチさんが喝を入れると降っていた雨がピタリと止んだことがありましたね。だけどこの神通力が効力を失う時もありました。
天橋立に行く時、「エイッ!!、とやったからほらご覧、雨が止んだでしょう」とセトウチさん。ところが天橋立駅に着いた時はジャジャ降り。「エイッ!!」を連発しても一向に止まない。駅の改札口で人混みにまみれてセトウチさんを見失った時、人混みの中から物凄い大きな声の「エイッ!」でびっくりした。セトウチさんを見つけて、「どうしたんですか?」と言うと、「今の声、凄かったわね!? 誰の声? あの声、私?」。違います、あの声はどこかのおっさんのくしゃみの声です。「あっそう!? 私かと思った」。人の声と自分の声の区別のできないセトウチさん。ヤレヤレ。
今度は僕の話です。ある時、150号の大きいキャンバスに富士山を描いた。この絵をぜひ富士山に見てもらいたい、というとどこかのテレビ局が、トラックを用意して絵を積んで、富士山が一番大きくよく見える馬飼野牧場へ行くことになった。ところがこの日はあいにく深い霧で富士山の裾野からマッ白。地元の人も、こんな日は絶対見えません、あきらめて帰って下さい、と言う。
「よし、そーいうなら、僕がこの霧を消してやる!」と丘の上から力いっぱい息をフー、フーと吹きかけた。テレビの人もトラックの運転手も、僕の真剣な姿を見て、ころがって笑っている。30分、息を吹きかけたら、呼吸困難になってしまった。スタッフは丘を駆け下りてペットボトルの水を持ってきてくれた。水を飲んで再び息を吹きかけた。すると一時間が経った頃、裾野から霧がだんだん消え始め、やがてスッポリかぶっていた霧の中から富士山が全貌(ぜんぼう)を現した。一斉に歓声が上がって、急いでカメラを廻し始めた。僕は貧血を起こして倒れたままだ。だけど、ついに富士山に僕の絵を見てもらうことができて、スタッフ全員は僕を尊敬の目で見てくれた。牧場主も、「不思議なことです」と感心してくれた。