杉田宏樹
メセニーとヨペックの奇跡的な傑作
Upojenie / Pat Metheny & Anna Maria Jopek
パット・メセニー・ファンの間では、すでに知られているアルバムのリニューアル盤だ。元々は『Anna Maria Jopek & Friends With Pat Metheny』としてリリースされた2003年作に３曲を追加収録。クレジットをメセニー＆ヨペックのダブル・リーダーに変更し、「メセニー・グループ・プロダクションズ」提携の米ノンサッチから再登場した点に注目したい。
本作は1970年ポーランド生まれのシンガー＝ヨペックが、ダメもとでメセニーに共演のオファーをしたところ、曲折を経て実現した現地録音だった。つまりこれはメセニーの30年を超えるディスコグラフィーにあって、異例中の異例と言うべき“格上げ”のコラボ・アルバムなのである。
当時世界レベルではまだ無名のヨペックに、何故メセニーが協力したのか。誰もが抱く疑問は本作を聴き進めるにしたがって、氷解してゆく。
ヨペックが母国語で歌う古謡《Cichy Zapada Zmrok》をメセニーはピカソ・ギターで伴奏。楽器はギター１台だけなのに豊穣な世界が繰り広げられており、ヨペックがセールス目的でメセニーの名前を借りたかったのではなく、必然的な企画性にメセニーが賛同したことが作品の背景にあると理解できる。
『スティル・ライフ』収録の《Mania Mienia》や『シークレット・ストーリー』収録の《Przyplyw,Odplyw,Oddech Czasu…》は、メセニー・フリークが高じたヨペックのプロフェッショナル仕事であり、メセニーが共感したこともうなずける仕上がりだ。
名曲《Are You Going With Me?》のアレンジはクラブ・ミュージック風ループを加えたもので、その意気を感じたに違いないメセニーが、オリジナル・ヴァージョンをも超えるギター・ソロでポーランド側スタッフの熱意に応える。
このミュージシャンシップは多くの音楽ファンの心をとらえるはずだ。振り返るとメセニーはセリア（ノルウェー）、ノア（イスラエル）、レイラ・ピニェイロ（ブラジル）といったエキゾチックな他国の女性ヴォーカリストの作品に協力してきた歴史がある。これは全面参加した点を含めて、メセニーの創造性とヨペックの才能が奇跡的なマリアージュを示した傑作なのだ。
【収録曲一覧】
1. Cichy Zapada Zmrok
2. Mania Mienia
3. Biel
4. Przyplyw,Odplyw,Oddech Czasu…
5. Are You Going With Me?
6. Czarne Slowa
7. Lulajze Jezuniu
8. Upojenie
9. Zupelnie Inna Ja
10. Piosenka Dla Stasia
11. Letter From Home
12. Me Jedyne Niebo
13. By On Byl Tu
14. Polskie Drogi
15. Tam,Gdzie Nie Siega Wzrok
16. Na Calej Polaci Snieg
17. Szepty I Lzy
パット・メセニー：Pat Metheny(g,key) （allmusic.comへリンクします）
アナ・マリア・ヨペック：Anna Maria Jopek(vo)
レチェク・モジュジェール：Leszek Mozdzer(p)
ダレク・オレシュケヴィチ：Darek Oleszkiewicz(b)
2008年作品
稲垣えみ子
竹増貞信
西崎彩智
