人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「歌謡曲と夜汽車の頃」。
* * *
演歌からオペラまで歌なら何でも好きなので、夜はたいてい何か音楽を聴いている。今年はベートーベン生誕二五〇年なので、クラシックはベートーベン一色。紅白ではすっかり演歌が姿を消して、若者好みの歌が多い。私は、欅坂46のニコリともせず唱うドライさが好きだし、ロックのYOSHIKIの痛々しいほどの美丈夫ぶりを見るのも大好きだ。
歌謡曲はやってないかなとテレビのチャンネルをまわしていると、テレ東恒例の番組を見つけた。
かつて活躍した人々の今を見るのも興味がある。なぜなら、常に勉強している人は音質が低くなっても声がのびるし、あまり唱う機会のない人は声が出ない。その姿を見るのは辛いものがあるが、病気を克服した人や、海外に住んでいた人などしばらくぶりに見る姿に積み重ねた歴史を想う。
画面に年輩のデュオが現れた。ビリー・バンバンの兄弟だ。歌は「また君に恋してる」。坂本冬美も唱っていた。
ビリー・バンバンといえば私たちの年代では何といっても「白いブランコ」や「さよならをするために」。清潔な優しい唄声が人気だった。
その時、突然ある場面がひらめいた。大昔のことなのですっかり忘れていたのだが、十一時過ぎの夜汽車での出来事だ。
まだ、新幹線は東海道ぐらいしかなく、東北や北陸へ仕事に出かける時は、特急に乗るしかなかった。
私がまだ四〇代のことだと思う。東北に講演に行き、その日のうちに帰らねばならず、夜の列車に乗った。
ところが、大宮の手前あたりで突然列車が止まった。停電だったのか原因は忘れたが、さて困った。どうするか。私はいつも一人で出かけるので、そこがどこなのか聞く人もいない。東京までタクシーをつかまえるしかないが、当時はケータイなどという便利なものもない。途方に暮れていると、通りかかった二人連れの男性が声をかけてきた。
「僕らも車を呼んで帰りますから、よかったらご一緒にどうぞ!」