TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は山田詠美さんの小説『ファースト クラッシュ』について。
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僕はポンちゃんこと山田詠美さんの『ファースト クラッシュ』(文藝春秋)をバイブルのように持ち歩いている。「ファースト クラッシュ」とは「粉々にされて美しさを増す」初恋のことだ。
ポンちゃんの小説は電車の中で読む。ラジオ的に言えば、電車の音や車窓から見える街の風景が、彼女の文章を読む上で格好のBGMになるのだ。気に入ったページの端を三角形に折り、家についたら色鉛筆で傍線を引き、さらにポスト・イットを貼るという作業を繰り返す。少女の心を見つめる、詩のような作品だった。
誰もが味わったあの頃の記憶。ヴァージニティとノスタルジー、そしてモラリティ。毎日貼り付けたポスト・イットで『ファーストクラッシュ』が色とりどりになった。
高見澤家の父。お父さんには愛人がいた。愛人が亡くなり、元々連れ子だった愛人の息子を「親しかった人の息子さんなんだよ」と家に連れてきた。少年の名前は力(リキ)。知り合いの息子だなんて嘘でしょ。みなし子になる寸前だった力に対する母親と娘3人、それぞれの思い込みと揺らぎ、憐れみが連作として濃密に展開される。
自らの聖域である温室を舞台にしたお母さんと少年のやりとりは官能的で、その部分を何度も読んだ。夫と愛人に関する尋問後、お母さんは気でもふれたかのようにホースで真水を力に浴びせる。太陽の光を反射してキラキラ飛沫を上げる水の色。怒号に震えながら嗚咽(おえつ)する少年と、そんないざこざを眺めながら無言で花を咲かせる鉢植えの植物。それらの素晴らしく映像的な組み合わせに僕は深くため息をついた。
それから何年も経ち、物語の後半で寺山修司の詩を力がお母さんに読んで聞かせるところで涙で目がかすみ、とうとう先に進めなくなった。愛玩していた少年は成人し、家を出ている。夫もこの世にはおらず、お母さんには寄る辺がない。老人ホームで余生を過ごす彼女は過去に生きている。