![春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。新刊書籍『春風亭一之輔のおもしろ落語入門 おかわり!』(小学館)が絶賛発売中!](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/412mw/img_db09602351764bf80391b3bc1db3e1d829323.jpg)
![イラスト/もりいくすお](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/8/c/840mw/img_8cbaed4498f7584d5a941fd32841c7af140623.jpg)
落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「競走」。
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読者の皆さん、いよいよスポーツの秋到来ですよ!と言いつつ、私は普段から運動とは無縁の生活だ。ジムにもここ数年通っていない。会員になったその日にハリキリすぎて靱帯を伸ばしてしまい、それっきり会費だけを払い続けている。「幽霊会員が今更退会手続きに来たよ」と思われるのも恥ずかしい。すでにジムに行くのすらかったるい。そもそも身体を鍛えるのがむいていない。でも世間は言う。「身体を動かすと精神が前向きに」と。ほんと? なんか私向けのスポーツはないかなー?
パン食い競走がしたい。今、急にそう思ったな。何年やっていないだろう、パン食い競走。略して「PKK」。いいよ、PKK。あんな長閑(のどか)な競技はそうそうない。どんなに足が速くてもパンに食らいついて我が物としなくては負け。逆に鈍足でも一発でパンを仕留めれば大逆転の可能性もあるのだ。「徒競走」と「パン食」を掛け合わせるという斬新さ。走りながらモノを食う、という親から絶対にしてはならないと言われたはずの行為を一斉に大勢でやる背徳感。またそのスピードを競うという意味のなさ。
私が最後にPKKをしたのは確か30年ほど前か。地元の町内運動会での「PKK・小学校高学年の部」に出て以来だと思う。4年生から6年生、出場希望者10名でPKK。たった一人の6年生だった私は、パンが上手く口に入らず惨敗したのだ。次々とゴールする年下たちを横目に、のらりくらりと揺れるパンに翻弄される情けなさは忘れられない。
大人になった今ならもっと上手くPKKが出来ると思う。だが町内の運動会はもうない。それならばもう自主的にPKKイベントを開催するしかない。と思い立ち、検索してみるとPKK用のパンつりロープがネット通販で売られているではないか。横に一本長いロープ、それに等間隔でパンをつるす紐が何本か垂れ下がっている。「パンはご自分でご用意ください」の注意書き。需要がまだあるんだな、PKK。
自分主催のPKKはどんなかんじにしようかと、妄想が膨らむね。仲の良い者同士でもよし、ただPKKに惹かれた見知らぬ同士でもよし。やはりパンはアンパンか。いや、パンが10個ぶら下がってるならみな違う種類でもいいな。早い者順で好みのパンを選べるとか。クロワッサンやチョココロネはくわえやすくて有利かな? ピザで顔中油まみれになるのもいいね。フランスパンに歯が立たない人もいたり、レーズン苦手なのにブドウパンしか残ってなかったり。
たいていPKKのパンはビニール袋で包装されてるけどあれは趣がないですよ。だって袋の端をくわえれば取れちゃうもの。袋なしで直にパンを下げたいな。どうせなら出来たてホヤホヤの湯気が立ち上るようなパンでやりたい。美味しくなければやる意味がない。グラウンドまでパン屋さんに出張願うか……いや、もういっそのこと自分たちでパンを生地からこねて、寝かして、焼きたてをつるして、よーいドン。アツアツをハフハフいいながらPKK。秋空の下、こんなステキなスポーツはないね。
さぁ、今年の秋は30年ぶりにPKKだ!と意気込んでいたら、ネット通販で「ムカデ競走用の五人履きゲタ」なるものが!?……ムカデ競走……MKDK!!
※週刊朝日 2019年10月11日号
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