『処女航海』(Blue Note)
『処女航海』(Blue Note)
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●マイルスの子供たち

 前回のウエイン・ショーターに続き、今回もいわゆる「マイルスの子供たち」と呼ばれたミュージシャンの筆頭に挙げられるハービー・ハンコックをご紹介しよう。「子供たち」などと言ったが、今年68歳にもなる人間をつかまえてそれはおかしいとも思うが、いまだに「父親」にあたるマイルス・デイヴィスのカリスマ性に及ばない以上、「子供」という言い方に違和感はない。

 とはいえ、ハービー・ハンコックが現代ジャズに与えた影響は非常に大きい。同じピアニストであり、また、マイルス・スクールの同窓生であるキース・ジャレットの影響がピアニストに留まっているのに比べ、ハンコックの影響圏はジャズの全体に及んでいる。それはハンコックがピアニスト、キーボード奏者であると同時に、バンド全体で自らの音楽を提示するオーガナイザー・タイプのミュージシャンだからだ。

●多彩な活動歴

 ハンコックはその多彩な活動歴から、ファンは聴いたアルバムの時期によってさまざまなイメージをもたれていると思う。1970年代から80年代にかけての作品『ヘッド・ハンターズ』(CBS)や『フューチャー・ショック』(CBS)などを聴いて来たファンは、ファンク、ヒップホップ路線の印象が強いだろう。

 一方で、数は少ないがアコースティック・ピアノのソロなどを聴いた人は、彼の音楽が思いのほか洗練されており、クラッシック的な要素も聴き取れることに驚くかもしれない。そしてその両極端の演奏がどちらも素晴らしいのだから恐れ入ってしまう。彼はとても器用なのだ。

●「新主流派」と呼ばれた時代

 だが、ハンコックが一番広範囲に影響を及ぼしたのは、「新主流派」と呼ばれた頃の音楽ではなかろうか。「新主流派」というのは、1960年代半ば、マイルス・バンドのサイドマンや、その周辺の新人たちによって演奏されたジャズ・スタイルで、モードを基調とした斬新な響きを持った音楽だ。前回ご紹介したウエイン・ショーターの60年代ブルーノート時代の演奏も、新主流派と呼ばれていた。

●『処女航海』について

 今回ご紹介する『処女航海』はその代表的作品で、「新主流派」の音楽に対して当時のファンが戯れに言った「マイルス抜きのマイルスバンド」そのものと言ってよい。というのも、リーダーのハンコックはもちろん、フロントのテナー、ジョージ・コールマンはじめ、ベーシスト、ロン・カーター、ドラムス、トニー・ウイリアムスはまさにこの時代のマイルス・サイドマンたちなのだ。そしてトランペットだけがマイルスの「代役」と言ってはなんだが、これも新主流派の代表ジャズマン、フレディ・ハバードが務めている。

 このアルバムは50年代ハードバップのアングラ的気分から一歩抜け出た新鮮な感覚が聴き所で、音楽の響きを重視したハンコックの才能が前面開花した、60年代の代表作である。風を受けて疾走するヨットのジャケットのイメージそのまま、彼らの斬新な演奏スタイルは現代のミュージシャンたちにも影響を及ぼしている。

●経歴

 1940年シカゴに生れたハーバート(ハービー)・ハンコックは、11歳でモーツアルトのピアノ協奏曲を演奏する早熟なピアニストだった。1962年にブルーノートに初リーダー作『テイキン・オフ』を録音、収録された《ウオーターメロン・マン》がヒットする。63年にマイルス・デイヴィスのグループに参加、68年まで在籍。独立後、73年に録音した『ヘッド・ハンターズ』(CBS)が大ヒット。80年代に入ってもビル・ラズエルと組んだ『フューチャー・ショック』(CBS)が注目されるなど常にジャズの第一線で活躍し、ごく最近も『リヴァー』(Verve)でグラミー賞を受賞している。

【収録曲一覧】
1. 処女航海
2. ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン
3. リトル・ワン
4. サヴァイヴァル・オブ・ザ・フィッテスト
5. ドルフィン・ダンス

ハービー・ハンコック:Herbie Hancock (allmusic.comへリンクします)

→ピアニスト/1940年4月12日 -

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