
もっとも日本人好みのジャズマンは誰かときかれたら、私はアート・ペッパーを挙げるだろう。マイルスやエヴァンスも人気があるが、それは日本に限ったことではない。50年代にはウエストコースト・ジャズのスターとして華やかな脚光を浴びながら、麻薬中毒のため逮捕服役を繰り返し、一時はシーンから遠ざかっていたペッパーを暖かく迎えたのは日本のファンだった。
もちろんそれはペッパーの実力もあるが、彼の音楽のもつ情緒性が日本人の心情にフィットした面も少なからずあると思う。マイナーメロディに情感を込めた彼のフレージングは、理屈抜きに人の心に沁みこんでくる。単純な比較は慎むべきだが、歌謡曲の持つある種の湿度感と似た気分が、確かにペッパーの音楽には感じられる。
1925年、カリフォルニアに生まれたアート・ペッパーは、40年代に名門スタン・ケントン楽団に採用され、アルト・サックスの名手としてジャズシーンに登場する。50年代にはウエストコースト・ジャズのスターとして幾多のレコーディングをこなすが、このアルバムは、たまたま西海岸を訪れたマイルス・ディヴィスのサイドマンたち、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズらと共演したもの。
白人のペッパーが全員黒人の、しかも当代随一マイルス・バンドのサイドマンたちと初顔合わせをしたことが話題となったが、まるでレギュラー・グループでの演奏を聴くようなスムースな仕上がりは、さすがペッパー、さすがマイルス・バンドの腕っこきという感じだ。特に、よく知られたコール・ポーターの名曲《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》は、ヘレン・メリルの名唱とともに、60年代のジャズ喫茶の定番であった。
また、このアルバムは録音が優れていたところからオーディオ・チェック・アルバムとしても良く知られ、アナログ時代からさまざまな高音質アルバムが制作されている。コンテンポラリー・レーベルの録音技師、ロイ・デュナンの自然なレコーディングが、ペッパーの輝かしいアルトの音色を実に巧く捉えているのだ。
【収録曲一覧】
1. ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
2. レッド・ペッパー・ブルース
3. イマジネーション
4. ワルツ・ミー・ブルース
5. ストレイト・ライフ
6. ジャズ・ミー・ブルース
7. ティン・ティン・デオ
8. スター・アイズ
9. バークス・ワークス
アート・ペッパー:Art Pepper (allmusic.comへリンクします)
サックス:1925年9月1日 - 1982年6月15日

