
肉体的不安を抱えながらのソロ・ライヴ
Alone At The Village Vanguard / Fred Hersch
「2005年に『Fred Hersch In Amsterdam: Live At The Bimhuis』をリリースしたのに続き、私は由緒あるヴィレッジ・ヴァンガードで、ソロ・ピアノで1週間出演する初めてのピアニストになる栄誉に浴した。本作は同店での2度目のソロ公演を収録したものである」(フレッド・ハーシュ)。
周知の通りハーシュはHIVのキャリアであり、いつ深刻な状態になるかわからない肉体的不安を抱えながら音楽活動を続けてきた。十数年ぶりとなった2007年の来日公演では、独奏による繊細で美しいピアノ世界を披露し、替え難いジャズ界の宝であることを印象付けたのだった。しかしその後、状況は急変する。身体に異常をきたし、活動休止を余儀なくされた。一時的に復帰したものの、2008年春から再び体調が悪化して、翌年春まで闘病。2009年6月にバンクーバーで観たトリオのハーシュは、平静を取り戻したパフォーマンスで安心感を与えてくれた。
長い前置きついでに言わせてもらうと、本年1月にVenus Recordsからハーシュ・トリオの『エヴリバディーズ・ソング・バット・マイ・オウン』が登場したことは、ファンには衝撃的な事件だった。同社が初めて手がけたハーシュの作品は、同じメンバーによる4ヶ月前の『Whirl』と聴き比べてみると、両者はまるで別人の印象を受ける。『エヴリバディーズ~』は同社の流儀の音質で制作されており、すっかり健康を取り戻して逞しさすら感じさせるハーシュのピアノが躍動している。
前述のように、本作は2002年にトリオでもライヴ・アルバムを制作した、ニューヨークの名店での記録だ。6日間12ステージからベスト・トラックを選曲するのが常道なところ、日に日に演奏内容が向上している手応えを感じていたハーシュは、最終日のセカンド・セットをそのままアルバム化することを決意。1961年に同店で生まれたビル・エヴァンス『ワルツ・フォー・デビィ』を意識したのかどうかはわからないが、自身のキャリアにおける特別なライヴ・レコーディングになるだろうと思いながら臨んだことは疑いない。共演歴のあるビル・フリゼールとリー・コニッツへの追悼曲#2、4を収録したハーシュの心情に共感。ラストに敬愛するセロニアス・モンクを取り上げると、アンコールではソニー・ロリンズの#9を、すぐにそれとはわからないやり方で演奏する。6分過ぎになって、マジックの種明かしのごとくテーマが顔を出すアレンジが見事だ。
【収録曲一覧】
1. In The Wee Small Hours Of The Morning
2. Down Home
3. Echoes
4. Lee’s Dream
5. Pastorale
6. Doce De Coco
7. Memories Of You
8. Work
9. Encore: Doxy
フレッド・ハーシュ:Fred Hersch(p) (allmusic.comへリンクします)
2010年11~12月、ニューヨーク録音