「バタン……」
会見の冒頭に設定されたフォトセッションの最中のことだ。華やかな会見場にはあんまり馴染まない、不穏な音が響いた。舞台を見ると、奥に掲げられていた新装なった番組のポスターの一枚が落下。記者たちの「お~」というどよめきが起こったあと、舞台上の出演者の1人、俳優の桐谷健太のこんなジョークで、会場は笑いの渦に包まれた。
「縁起悪いな~!」
ここは、5月17日NHKのスタジオで開かれた大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の第2部の「新キャスト発表会」。中村勘九郎演じるランナー金栗四三からバトンタッチして、6月からはダブル主演のもう1人、阿部サダヲ演じる新聞記者・田畑政治を主人公にした第二部がスタートする。田畑は、1940年に開かれるはずだった幻の「東京五輪」の招致で活躍。ちなみに朝日新聞に務めていた実在の人物だ。
かたや「いだてん」といえば、第二回放送から不振となった視聴率はいまだに浮上せず。その”泣きっ面”に、3月には主人公の金栗四三にシューズを提供する足袋職人役、ピエール瀧の降板という”ハチ”の襲撃も受けた。朝ドラ史を変えたとの呼び声も高い「あまちゃん」の脚本家、宮藤官九郎と、NHKの訓覇圭プロデューサーのゴールデンコンビが復活して鳴り物入りでスタートしたのに、何だか不振ばっかりがニュースになっているイメージがある。
早いもので、そんなドラマ「いだてん」も後半突入。新たにどんな俳優がキャストされ、テコ入れが図られるのか。具体的な俳優名はこの「新キャスト」発表会が始まるまでシークレットだったこともあって、数多くのメディアが発表会に詰めかけた。
そうして発表された新キャストは、まさしく豪勢。元、新聞社の速記係で、主人公田畑(阿部サダヲ)の妻となる菊枝役に麻生久美子、田畑の新聞社の上司や同僚を演じるリリー・フランキーや桐谷健太らに加え、大河初出演という薬師丸ひろ子も、日本橋のバー「ローズ」の占い好きなママ、マリー役で登場する。
小泉今日子、松尾スズキ、杉本哲太、橋本愛、荒川良々、勝地涼など、一部にも「あまちゃん」ファミリーが数多く登場したこのドラマだが、薬師丸の投入で、さらに「あまちゃん」濃度をアップさせる作戦のようだ。
また3月に亡くなった俳優萩原健一が高橋是清役で登場する遺作となったことも、二部の話題となっている。
「(自分は)ご病気に気がつかなかったくらい。熱心に、楽しそうに演じられていたのが印象的です。(言葉使いの悪い田畑が、萩原演じる高橋是清に)頭を叩かれる場面があったのですが、ショーケンさんが最後に叩いた役者として、ハクを付けてもらいました」(阿部サダヲ)
物語は、主人公の田畑が、東京帝国大学を卒業して朝日新聞社に入社し、水泳指導者と新聞記者の2つの世界で活躍。マリーママ(薬師丸)の占いで「30歳まで生きられない」と告げられ、残りの数年の人生をオリンピックに賭けようと決意する。結果的に田畑は85歳の長寿をまっとうするのだが、31年には満州事変が勃発したり、36年には二・二六事件が起こったり。世界が近代に脱皮していくための大きなうねりに巻き込まれていく。
当時の新聞社の様子も描かれる。新人記者だった明治の終わりに「大正」という新元号をスクープしたことでも知られる田畑の上司、緒方竹虎を演じるリリー・フランキーによると、「今の新聞社の方と違って、荒くれ者の、山師な人たちが集まっている(イメージ)」。同僚記者役の桐谷健太も「たばこの煙がモクモクの中、みんなでわーっとやっている雰囲気」と、会見で新聞社の熱気を語っている。
そんななか36年には40年の「東京オリンピック」開催が決定。ただし1年後には日本も戦争へと突入し、夢の「東京オリンピック」は開催中止に。そんなオリンピックを取り巻く激動の世界史が、田畑政治の目線で描かれていくという。
ただし、そこは脚本家宮藤官九郎の面目躍如。明治の政治家、副島道正を演じる塚本晋也も「五輪をやるかやらないかという一見シリアスな状況を、笑い飛ばしてコミカルなタッチで描くことに気概を感じます」と語ったように、これまでの大河ドラマにはない斬新な展開が期待できそうだ。
さてここで、妙に明るい会見場に目を戻してみると、司会者がまた、妙なアナウンスを始めている。
「つぎの質問に移る前に……そでに近いところのポスターがまた危ないので、どなたか押さえてもらえますか?」
あらら。今度は落下こそしなかったが、舞台奥にある別のポスターが落下寸前だったらしい。ま、「あまちゃん」同様、今どき視聴率に振り回されずにドラマ作りができるのは、NHKの特権。二度ある落下は三度ある……じゃなかった、三度目の正直で、後半は「大河ドラマ史を変える」ブレイクに期待しますか。(ライター・福光恵)
※週刊朝日オンライン限定記事