懐かしい/ヘルゲ・リエン
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独自の世界を押し進めたノルウェーからの新作
Natsukashii / Helge Lien

 ノルウェーのピアニストである。個人的な付き合いもあって、ぼくには特別な存在だ。日本のレコード会社が原盤制作をした縁で2003年に来日し、その時に知り合った。ヘルゲの魅力を伝えたいがために、ライナーノーツや輸入盤のレビュー執筆を重ね、2000年代の最初の10年が過ぎた。この間ヘルゲが来日公演を行うことはなかったが、ぼくがノルウェーを訪れてヘルゲに再会する機会が生まれた。今年2月、同国最北端の《Polarjazz 2011》から取材依頼と招待を受けた時に、オスロ1泊のスケジュールを利用してヘルゲとディナーを楽しんだのだ。実はここにはキー・パーソンがいる。そのノルウェー人女性とは東京で仕事をしていた2年前に知り合い、彼女が帰国後にFacebookで繋がったことにより2月のオスロ再会が実現。彼女とのやり取りの中でヘルゲを交えた3人の会を提案され、そして実際に会ってみると2人は婚約者であった。何と目出度いことか!偶然のオスロ~東京コネクションに祝杯を重ねたのである。

 ヘルゲの前作『Hello Troll』(Ozella Music)は2008年度のノルウェー・グラミーを受賞。これは同国のミュージシャンでトップ・クラスだとのお墨付きを得たことを意味する。ヘルゲが最初に頭角を現したのは2001年リリースの『What Are You Doing The Rest Of Your Life』(Curling Legs)だった。ミシェル・ルグランの表題曲や「フォール」「ソーラー」「ソー・ホワット」といったマイルス・デイヴィス関係曲も収め、ピアノ・トリオの定石的な曲構成ではなく、緊張感を孕んだ自由なスタンスの演奏を展開する内容に強く印象付けられた。同作に注目した日本のDIWは、2006年までに3タイトルを原盤制作。ヘルゲの知名度を高める上で大きな役割を果たす。ノルウェーの独立系レーベルからの前作もDIWが国内配給し、それは今回の新作でも継続されている。

 まず誰もが気になるのがアルバム名だろう。ここまでの本稿で薄々感づかれている通り、ネーミングには彼女の助言が決め手になった。母国語に「懐かしい」を意味する言葉がなく、ヘルゲがその語感を気に入ったことも動機だったという。タイトル・ナンバーの#1は祈りをイメージさせるバラード。静かなムードの楽曲が多いかというとそうでもなくて、パーカッシヴなアップ・テンポの#4、野性的な#8等、先入観を嬉しく打ち破ってくれる。トリオ・デビュー作『What Are You~』のリリースから10年。不動のメンバーが節目を迎えて、さらに独自の世界を押し進めた新作だ。

【収録曲一覧】
1. Natsukashii
2. Afrikapolka
3. Bon Tempi
4. E
5. Sceadu
6. Meles Meles
7. Hymne (Til Jarl Asvik)
8. Umbigada
9. Small No Need
10. Living In Different Lives

ヘルゲ・リエン:Helge Lien(p) (allmusic.comへリンクします)
フローデ・ベルグ:Frode Berg(b)
クヌート・オーレフィアール:Knut Aalefiaer(ds)

2010年9月オスロ録音

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