「下手くそ!」「帰れ!」
18年前、村上淳さんが演出家の蜷川幸雄さんに呼ばれ、初めてシアターコクーンの舞台に立ったとき、稽古場にはそんな怒号が飛びかっていた。演目は「四谷怪談」。蜷川さんの、村上さんに対する愛のムチである。「灰皿は飛んでこなかったけど、一度、弁当が飛んできたことはある」と、村上さんは苦笑いした。20歳で映画の世界に足を踏み入れた村上さんが初めて、舞台で受けた“洗礼”だった。
「10代の頃は、スケボーにのめり込んでいて、それで生きていこうと思っていました。でも、映画に出会ったことでその夢を諦めた。何があっても俳優にしがみついていこうと覚悟を決めたんです。芝居しているときに、映画なら監督、舞台なら演出家から受ける指摘は、僕にとっては魔法のようなもの。その言葉によって、日常生活ではなかなか経験できないような、感情の高みに出会うことができる。だからこの仕事が辞められないんです」
鋭い眼光に、陰影のある表情。迫力ある見た目のせいか、「お酒強そうですね」などと言われることが多い。
「でも、僕はお酒も飲まないし、夜遊びもしない。ストレス発散法は寝ることだけ。犬を2匹飼っているので、その存在が癒やしです」
現在は、岩松了さん作・演出の舞台「空ばかり見ていた」の稽古の真っ最中。「四谷怪談」以来のシアターコクーン、初の岩松了作品ということで、出演を快諾した。俳優業は映画が中心で、舞台の出演は、せいぜい4~5年に一度程度。あまり観劇もしない村上さんが、岩松作品は、「わからないけど、面白い」と、作品が上演されるたびに足を運んだ。
「岩松さんの指摘一つひとつが、芸術の本質から一ミリもズレていない。毎日ものすごい緊張状態に置かれ、連日打ちのめされています。僕自身は役に対してまだまだ覚束ないけれど、微かな光が見えたとき、“こんな高みがあってたまるか!”という、驚きと嬉しさがこみ上げる。20代の頃から、ずっと泥を啜りながら、この道を歩んできた自負があったんですが、そのくだらないプライドを、見事にボコボコにされました」