シンガー・ソングライター、イナラ・ジョージの最新作『ディアレスト・エヴリバディ』を紹介したい。彼女の歌声は清楚でぬくもりに満ち、聴く者をうっとりとさせる。日本での知名度はいまひとつだが、米ウェスト・コーストのロックやシンガー・ソングライターのファンの間では注目株だ。何しろ、リトル・フィートを率いた伝説的なミュージシャン、ローウェル・ジョージの娘である。エレクトロ・ポップ・デュオのザ・バード・アンド・ザ・ビーの一員としても知られ、来日してフジロックにも出演している。
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イナラの名付け親はジャクソン・ブラウン。正式名は、イナラ・メリーランド・ジョージという。1974年、リトル・フィートの4枚目のアルバム『アメイジング!』を録音した米メリーランド州で生まれた。ミドル・ネームはそのあたりに由来する。
5歳の誕生日を目前にした79年6月、父のローウェルが公演先のホテルで心臓麻痺のために34歳で亡くなる。以後、母のエリザベスや3人の兄弟とともに父の音楽仲間に見守られて育った。ジャクソン・ブラウンは遺族のために「オブ・ミッシング・パーソン」を書いている。
イナラは父の存命時、リトル・フィートのステージで踊った記憶がかすかにあるという。10歳の頃から友人と曲を書いていたそうだが、音楽よりも演劇、ことにシェークスピアに傾倒し、ボストンの大学ではバレエや古典演劇を専攻した。
音楽に本格的に取り組んだのは18歳になってから。大学の夏季休暇で帰郷した際、高校時代の仲間とバンドを結成した。両親が親しんでいたライ・クーダー、リッキー・リー・ジョーンズ、トム・ウェイツなどを聴いて育った彼女が、曲作りにあたって最も影響を受けたのはプリンス、それも『パープル・レイン』だと語る。他にニック・ドレイクやレナード・コーエンの名を挙げ、シェークスピアの戯曲の“言葉のリズム”からも多くを学んだという。
父は、パワフルなダミ声の持ち主で、ソウル/ブルースを下敷きにしたロックを実践してきた。イナラの歌声、音楽性はまるで対照的なほど繊細だ。ロック・デュオなどの活動を経て、ソロとしては2005年、『オール・ライズ』でアルバム・デビューした。