恒例の「歴史・時代小説ベスト10」。2018年の1位は、飯嶋和一さんの『星夜航行』に決まりました。上下2巻の歴史巨編で圧倒的な面白さです。作者にお話しを聞きました。
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──2015年に『狗賓童子の島』で1位に輝いてから、再びの受賞です。3年前は「もう63で先は長くないですし」と冗談めかして恐縮されていましたが、今作で、第一線の作家であることを改めて示されました。
飯嶋:3年前と同じで、ただ恐縮しています。あまり若い人の邪魔にならないようにと思いながらも、もちろん、ありがたいと思っています。
連載から気づけば9年の歳月を費やし、上下巻で千ページを超える小説を、これだけの方に読んで評価して頂いた。小説家にとっての幸せは読者を得ることに尽きます。心から感謝しています。
──識者からも絶賛が相次ぎ、文芸評論家の高橋敏夫さんは「森鴎外の『佐橋甚五郎』が歴史小説の起源の一つだとすれば、飯嶋和一はその起源に挑戦し、内部からもののみごとに粉砕した」と評されています。
飯嶋:鴎外先生に何か言えるような立場には当然ありませんので、高橋さんのお気持ちはありがたいですが、それこそ恐縮です(笑)。
森鴎外の「佐橋甚五郎」は短篇で、それだけ読んでも、釈然としない話です。慶長12(1607)年、徳川家康の元に朝鮮通信使が訪れる。使者の中にかつて逐電した家康の元家臣・佐橋甚五郎がいると家康が気づく。甚五郎の生涯とはどんなものだったのか──。
甚五郎は史料にも残る実在の人物ですので、森鴎外は伝わっている話をそのまま書かれたんでしょう。「知っている人がいたら便りをください」と短篇の末尾で呼びかけていますから。その後、私の知る限りでは詳細は明らかになっていないようですが。
──一向一揆に与した逆臣の子の立場でありながら、馬の扱いの巧みさに目をつけられて家康の嫡男・三郎信康の小姓に。信康の自害と共に出奔、その後は堺や薩摩の山川、博多から琉球王国やマニラ、東アジアを駆け巡る──。ドラマチックな展開で飽きさせません。
飯嶋:朝鮮通信使となった甚五郎は、はたしてどのような人生を歩んだか。当時はまだ、明治以降の国民、国家という考え方はない時代。戦(いくさ)にまみれた混乱の時代でもありますし、貿易も盛んで、日本列島にとどまらず海外にも行くことができた。