ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。AI技術を駆使した「ディープフェイク」について解説する。
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2018年4月、米ネットメディアのバズフィードがユーチューブに投稿したビデオが世界中の注目を集めた。ビデオに映し出されたオバマ前大統領が、「トランプは救いようのないマヌケだ」など過激な発言を連発したのだ。
これが事実であれば前大統領が現大統領を侮辱するというとんでもない事件なのだが、実際には完全な作り物──「フェイク動画」だった。
ビデオの後半には映画監督のジョーダン・ピール氏が登場。オバマ前大統領の映像が彼の声マネや表情に合わせて「加工」されていることが明かされた。しかし、フェイク動画であることをわかった上で映像を見ても、本人が話しているようにしか見えないほど精巧に合成されている。
こうした自然な合成を可能にしたのは人工知能(AI)技術で、それによって作成された動画は「ディープフェイク」と呼ばれている。17年末、米掲示板サイト「レディット」に投稿されたポルノ女優とハリウッド女優の顔を入れ替えたフェイクポルノ動画がきっかけとなり、ディープフェイクは一躍注目を集めた。
すでにハリウッドなどは、現実とCGとの見分けがつかないほどの映像を作り出しているが、その製作には途方もない労力、費用、高度な専門技術が必要とされてきた。
しかし、ディープフェイクは、公開されているソフトウェアと高性能なグラフィックボード、それを使いこなす知識があれば、誰にでも作成することができてしまう。これまで映像は画像に比べて加工がしにくい信頼性の高い媒体と見られてきたが、それももはや過去のものになりつつあるということだ。
フェイクポルノで物議を醸したディープフェイクだが、いずれは政治的に利用される可能性も否定できない。実際には言っていない発言、起こってもいない出来事を捏造(ねつぞう)できるようになれば、特定の人物やメディアの信用失墜、あるいは対立の激化をねらったフェイク映像が出回ることも懸念される。ピール氏の動画は、その危険性をわかりやすいかたちで表現したものといえるだろう。