ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。ブラジル大統領選挙で無数のフェイクニュースやデマがあふれた原因を解説する。
【写真】ネットを通じて有権者に支持を呼びかけるジャイル・ボルソナロ候補
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ブラジル大統領選挙は10月7日の第1回投票を経て、2人の候補者の間で28日に決選投票が行われる(本稿執筆時点で結果は明らかになっていない)。
優勢が伝えられているのは、ソーシャルメディアを駆使して支持を拡大するジャイル・ボルソナロ候補。主な政策に治安対策の強化や汚職撲滅を掲げる一方で、差別的発言を繰り返し、かつての軍事政権を礼賛するなど極右候補と称されている。
対する元サンパウロ市長のフェルナンド・アダジ候補は、汚職疑惑で収監された左派のルラ元大統領の後継者。左派政権下での政治腐敗や景気低迷、治安悪化などが争点化したこともあり、劣勢が伝えられている。
大統領選を巡っては、選挙戦以前からフェイクニュースやデマの氾濫(はんらん)が懸念されていた。それを食い止めるべく、大手新聞社やテレビ局など24の報道機関が共同で情報収集やファクトチェック(真偽の検証)を行うプロジェクト「コンプローヴァ」が今年6月28日に始動。さらに、フェイスブックとも提携する「エージェンシア・ルパ」など、複数のファクトチェック専門機関も準備を整えていた。
しかし選挙戦に突入すると、国民の間に無数のフェイクニュースやデマがあふれかえった。フェイスブック社が運営するメッセージ交換アプリ「ワッツアップ」が使われたからだ。ワッツアップは人口2億1千万人のブラジルで1億2千万人に利用される国民的連絡ツール。それゆえにフェイクニュース拡散の手段として利用され、多くのユーザーが候補者を支持・非難する大量のメッセージを受信している。なかでも左派のアダジ候補を攻撃する内容が多く、フェイクニュースやデマも多数含まれているという。
ワッツアップで拡散するフェイクニュースが厄介なのは、電子メールやLINEなどと同じく、プライベートなメッセージをやり取りするアプリであるため、第三者からはその内容や出所、拡散の規模の把握が難しいことにある。ツイッターであれば公開情報なのですぐに検証できるが、プライベートなメッセージは、そもそもどんな情報が流通しているのか知ることが難しい。報道機関やファクトチェック機関は怪しい情報の提供を呼びかけているものの、後手に回らざるを得ない状況だ。