「これまで有事を想定した演習は行われていましたが、沖縄世論の反発を考えれば平時にミサイル部隊を配備するのは困難だと考えていたのでしょう。ところが、自衛隊協力会などを作って誘致運動を行ってきました。一方で、反対運動も起きていますが、建設や計画を強行しているのです」
現在、与那国島で陸自のレーダー基地が運営されているほか、奄美大島や宮古島などで大規模な基地建設が進められている。奄美と宮古では地対艦・地対空ミサイル基地や大規模火薬庫、弾薬庫などが建設・計画されている。狭隘(きょうあい)な島に広大な基地を建設するため、弾薬庫の計画地は住民居住地までわずか200メートルしか離れていない。また、石垣島でもミサイル部隊の配備を計画中だ。
「奄美では30ヘクタールと28ヘクタールの二つの基地を建設中ですが、防衛省は駐留する人員をそれぞれ350人と200人と発表しています。しかし、この規模ならば大幅な増強が予想されます」(小西氏)
もともと南西シフトの提案者は、元陸自西部方面総監の用田和仁氏といわれている。退官後は、三菱重工の顧問を務めていた人物だ。用田氏は、南西諸島に1500メートルの滑走路を持つ空港がある島は14あり、それよりもっと短い滑走路を持つ島を含めると20あることに言及する。そして、南西諸島のことを指して「我々はこれだけの不沈空母を持っている」と述べている(「日本の国防」70号)。
まさに南西諸島を“軍事要塞化”しようというのである。島々が敵の標的にされ、戦闘が起きればどうなるか。小西氏が解説する。
「対艦ミサイルが中国軍の艦船を攻撃すれば、発射場所が相手にわかってしまいます。自走式になっていて、反撃を避けるために島中を移動して戦場化する。対空ミサイルは対艦ミサイルを守る役目ですが、中国本土から飛んでくる弾道ミサイルには無力です。この後、出てくるのがPAC3の配備でしょう。しかし、島民は避難する余裕などありません。自衛隊制服組の資料では『島嶼防衛戦は軍民混在の戦争』になり、『避難は困難』と明記されている」