ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。今回はドイツの「フェイスブック法」を取り上げる。
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ソーシャルメディア上のヘイトスピーチやフェイクニュースの速やかな削除を促す「ソーシャルメディアにおける法執行を改善するための法律」が、昨年6月にドイツで可決された。
この法律の通称は「ネット執行法」で、「フェイスブック法」とも呼ばれる。
(1)ソーシャルメディアにヘイトスピーチやフェイクニュースなどが投稿された場合、通報から24時間以内に削除する。
(2)苦情の常時受付窓口を開設する。
(3)半期(6カ月)に一度、件数や対応状況について報告書を公表する。
これらの施策を事業者に義務づけ、違反した場合、罰金5千万ユーロ(約65億円)を科す、というものだ。
劇薬とも言えるこの法律。今年の1月に施行されたが、ドイツの言論界に少なくない混乱をもたらしている。大量の政治的投稿が“不当削除”されるケースが頻発し、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢」(AfD)がそれを政府への攻撃材料として使っているのだ。
表現の自由を定めたドイツ連邦共和国基本法(ドイツの憲法)第5条1項には「検閲は、これを行わない」と書かれている。一方で、同条2項では、「これらの権利は、一般的法律の規定、少年保護のための法律の規定及び個人的名誉権によって制限を受ける」と書かれ、表現の自由に一定の制約がかかっている。他者の権利を侵害する場合は、その自由が制限されることが示されているのだ。
ネット執行法はあくまでネット上の違法行為を取り締まるための法律なので、同条2項に該当し、“違憲”にはならないという理屈だ。
しかし、そうなると誰が違法かどうか判断するのか、という点が問題になってくる。ネット執行法では、ソーシャルメディア事業者がヘイトスピーチに該当する投稿を24時間以内に削除する義務を負っているため、フェイスブックやツイッター、グーグルといった私企業に判断が委ねられる。違法な投稿を放置すれば、最大65億円という多額の罰金が科されてしまう。リスク回避のため、あいまいな投稿でも過剰に削除するしか方法がないのだ。