3年ほど前のこと。芥川賞作家・吉田修一さんは歌舞伎に心ひかれ、中村鴈治郎さんと出会った。話は弾み、黒衣として舞台の裏から袖から、芸道に生きる役者たちを見つめることに。そして織りなされた大河小説『国宝』(朝日新聞出版)。無二の作品を、いま、ふたりが語り合う。
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中村:朝日新聞の連載のときから準備していたんだろうけど、こんなに早く本になるんだね。おめでとうございます。でも、大事なことを聞いてなかった(笑)。そもそも、何のきっかけで歌舞伎の世界を描こうと思ったの?
吉田:縁あって鴈治郎さんとお会いしたことから始まったんですよ(笑)。興味は持っていたんですけど、全然知らない世界でしたから。おかげさまで、こんなに内側まで知れるなんて。
中村:こっちは吉田くんの作品を読んだことはあったけど、歌舞伎のことを書く、というふうには結びつかなかったよね。だったら、「中」に入ってもらうのが手っ取り早い。でもお客さんとして招くと邪魔だと思われかねないしさ。黒衣になれば、舞台の袖だろうが裏だろうが行って見てもらえる、いろんなことを感じてもらえる、と思ったんだよ。寸法を合わせ、つくった衣装を渡すと、これがまた妙に似合って(笑)。
吉田:ほんとに衣装をいただけるとは思っていなかったんで、うれしかったですね。でも、そこらじゅうにひもがついていて、はじめは着るのも難しかったんです。そんなところから教えてもらって、朝、鴈治郎さんと楽屋に入り、夜まで劇場の中にいさせてもらうと、そこでしかない時間の流れが感じられて、新鮮でした。
中村:いろんな質問もしてくれるんだけどさ、飾ってるわけじゃなく、へえ、そんなこと気になるんだって素朴な感じで、おもしろかったよ。舞台の袖に正座して、じいっと見てるでしょ。足しびれちゃったりしてさ(笑)。だったら、もう少しおつきあいしたいじゃないかって。
吉田:小説のためというよりも、好奇心がわいてきて、楽しくて仕方なかったですよ。役者さんって、出番のぎりぎりまでお相撲の話なんかしていても、いざと舞台に向かっていく後ろ姿はやはり、どう見てもその役なんですね。そうやって気づくことがたくさんあって。