中村:ほとんど毎日、舞台に立っているからね。ものすごい時間を過ごすことで、身につくものがあるんだよ。だから、たとえば歌舞伎以外の舞台に立っても、演出家に言われなくたって、自分の居場所に行けるんじゃないかな。
吉田:役者とそれ以外の人の境は、大勢の人が見つめる舞台にすっと向かっていけるかどうか。それができるのは、何者かに選ばれた役者だけだと思います。
中村:ぼくら、毎月出る舞台が変わるでしょう。9月にはロシア公演に出演します。現地のスタッフと協力して、照明にしても何にしても細心の注意を払って、総合芸術としての歌舞伎を披露する。そうやって刺激を受けるのがいい。常に挑戦しないとね。
吉田:作家生活20年を過ぎましたが、ぼくも新しい世界を見てみたい、知りたい、という思いでやってきました。『国宝』はおかげさまで、やれることは全部やれたかな、と思います。
中村:まあ、この世界を書くのも最初は緊張したでしょう。変なこと書いたら、いろんな突っ込みを受けかねないからね。
吉田:いや、そりゃもう。歌舞伎という大きな世界に入り込んで描くわけですから。だから『国宝』はぼくの出身の長崎から始めました。まずは身近なところからと思いまして。
中村:それにしても、歌舞伎座や明治座、新橋演舞場、大阪松竹座、博多座……都会だけでなく、いろんなところに来てくれたよね。城崎温泉に近い出石永楽館(兵庫県豊岡市)にまで。地方の歴史ある芝居小屋を見てつかんだ雰囲気も織り込まれているから、リアルな感じがあるよ。
吉田:永楽館に行ったときは、劇場と宿舎を結ぶ小さなバスに乗っていいよ、と言われ、役者のみなさんが疲れているのにやっぱり芝居の話をして、冗談言って笑い合っている姿を見せてもらいました。
中村:伝統伝統と歌舞伎は言われるけども、演じているのは生身の人間。そこはわかってもらえればいいな、と思っていたよ。『国宝』は、そうくるかとか、これもありだな、とぼくが読んでも納得のいく本になっていると思う。女将さんたちのことも、いかにも梨園の妻という感じではなくて、ひとりの個人、ひとりの女性として人間味をもって書かれているしね。