作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は自身の体験から世間の性暴力への無関心さに警鐘を鳴らす。
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5年前のことだが、時折思い出し、深い後悔に襲われる出来事がある。
その晩、私は銀座で食事し、文京区にある自宅まで友人と歩いていた。お茶の水橋を抜け順天堂大学を越えたあたりだった。そのエリアは東京大学などもあり、学生用の、だけどちょっと高級なワンルームマンションが多い。私たちがそれを見たのも、そんなマンションの入り口だった。
交差点に面したマンションのエントランスで2人の若い男が、床にぐにゃりと倒れる若い女性をもてあますように見下ろしていた。深夜の街、赤信号で立ち止まった私たちの目に、エントランスの白い光は、まるで舞台照明のように3人をクッキリと照らしていた。明らかに女性に意識はなく、ミニスカートがめくれ、太ももが剥き出しになっていた。男たちは私たちの視線を意識してか、「さてと」という感じで、彼女の両手を双方からひっぱり(まるでモノのように)肩にのせようとしたが、意識のない女性はずるずると男たちの手から落ち、床に崩れる。
気がついたら、隣にいた友人が男たちにずんずん向かっていた。私も慌てて彼女を追った。
「どうしたの?」。彼女が真剣な顔で聞くと男たちは、何気ないふうのフツーの顔でこう言った。「飲み会で酔っちゃって。友人なので、大丈夫です」と。まだ幼い顔をしている。10代かもしれない。彼らは酔っているようには見えず、「友だちです」と言われると、それ以上の踏み込み方がわからなかった。私と彼女は女性が息をしているのを確認し、結局その場を去った。
それからしばらくして、新宿歌舞伎町の路上で女子学生たちが大量に倒れているのを、ネットで見た。女性の周りには困惑顔で見下ろしている男たちがいる。男子2人も救急搬送されたとは言うが、写真を見る限り女性ばかりが昏睡し倒れている。何らかの意思が働いたと考えるのが自然だと思うが、結局、事件化されることはなかった。