個室の問題だけではない。病棟の照明が落とされ、やけに暗かったこと、デイルームに点滴のバッグが無造作に置かれていたことなど、振り返ると、首をかしげることばかりだった。
「実は、母を別の病院の療養病棟で看取っているのですが、そことは明らかに環境が違いました」
当時、4階で勤務していた久保木容疑者については、Aさんは「覚えていない」と話す。だが、「看護師さんは総じて優しかった」という。一方で「疲弊している印象だった」。
Aさんは父親の死に今も疑問を持ち続けている。父親の死後、1年半以上過ぎても、まだ納骨ができないままだ。
実は、父親を旧大口病院に入院させると決めたのは、Aさんだった。自身、長年の父親の看病で体調を崩していたこともあって、親を看病することに限界を感じた。日に日に体力が落ちていく父親の姿を見て、担当していたケアマネジャーと相談し、同院の4階にあった療養病棟(医療療養病床)に入院してもらった。
療養病棟とは、救急車で運ばれて治療を受けたものの、一人暮らしなど何らかの事情で自宅に帰れない患者や、進行性の病気などで回復の見込みが低い患者などをみるところだ。
終末期医療に詳しい医療法人社団つくし会新田クリニック理事長の新田國夫医師はこう話す。
「痰の吸引や胃ろう、点滴など医療依存度の高い患者さんは、看護師が1人、2人しかいない特養には入りにくい。そういう患者さんの受け皿になっているのが、療養病棟です」
厚生労働省の資料によると、入院患者の平均年齢は81歳。半数程度が日常生活に支障がある症状を抱えていて、意思疎通などが困難だ。その4割がそのまま病院で最期を迎える。
「在宅医療が推し進められていますが、自宅での介護が難しい場合もある。そのため、療養病床は現状のまま存在しているというわけです」(新田医師)
Aさんは言う。
「横浜は、重い病気を持っていて、具合の悪い高齢者を受け入れる療養病床の空きが本当にない。いくつか病院をあたったもののすべて断られ、ようやく見つかったのが旧大口病院でした」