近年、富裕層と貧困層の格差がますます拡大し、二極化が急速に進んでいる。「格差社会」が流行語になったのは、小泉政権下の2006年のことだ。だが、格差社会に目を背け続けた結果、さらに苛酷な「階級社会」が形成されているというのだ。
しかも、貧困問題を放置したため、生活水準が極端に低い“アンダークラス”という階級が一つの塊となっていったのである。家計補助的に働くパート主婦を除いて、派遣社員やアルバイト、パートの単身女性など非正規労働者によって構成される。職種は下級事務職やサービス業、清掃員、工場や建設現場などで単純作業に就いている。
『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)でアンダークラスの出現を指摘した、早稲田大学人間科学学術院の橋本健二教授が説明する。
「アンダークラスは本来、資本主義社会の最下層である労働者階級の一部のはずですが、正社員と非正規労働者に分裂して両者の格差が大きくなっています。正社員と比べてきわめて低賃金に抑えられ、貧困状態に置かれている人々です。従って、非正規労働者を“階級以下”の存在として位置づけざるを得なくなったというのが現状です」
現代日本の階級は、「資本家階級(従業員5人以上の企業経営者・役員)」「新中間階級(管理職、医者や弁護士など専門職)」「労働者階級(正規労働者)」「アンダークラス」「旧中間階級(自営業者、農業など)」に5分類される。資本家階級の個人の平均年収が604万円と意外と低いが、小零細企業の経営者が大部分を占めることが理由の一つ。従業員30人以上に限れば861万円に跳ね上がるという。
特筆すべきは、やはりアンダークラスの生活水準の低さだ。15年の個人の平均年収は186万円で、正規労働者の370万円の約半分しかない。所得が国民の平均値の半分に満たない人の割合である「貧困率」も38.7%と極端に高い。男性は既婚者が少なく、女性は夫と離死別した人が多い。未婚者が男性66.4%、女性56.1%と他の階級と比較してずば抜けて高い。アンダークラスは92年393万人、02年710万人、15年時点で929万人と右肩上がりで増え続け、就業人口の14.9%を占める。労働者の3人に1人が非正規で、いまや新たな階層をなしている。橋本氏が語る。
「アンダークラスの労働時間は週平均36時間で、意外と長い。実際に分布を見ると過半数は40時間以上で正社員(44.5時間)並みに働いている。それで年収がようやく186万円です。自分一人がぎりぎり生活するのに精いっぱいで、結婚して子どもを産み育てることは困難です。アンダークラスになるのは、高校や大学を中退してドロップアウトする若者もいれば、親が貧困で進学の機会が奪われるケースもある。いじめや不登校の経験もアンダークラスに結びつきやすい」
底辺労働の形態もすっかり様変わりした。『ぐにゃり東京 アンダークラスの漂流地図』などの著書がある、エッセイストの平井玄氏はこう話す。
「貧困のあり方は時代によって変遷します。これまで都市労働者の最底辺は東京の山谷や、大阪の釜ケ崎など寄せ場の日雇い労働者でした。それでも彼らはとび職を花形に建設現場で働き、『あのビルは俺が建てた』と言える意地と誇りを持っていました。ところが、現在のアンダークラスは昔の下層労働者と比較してもさらに異質な存在です。工場で働いていてもマニュアル化されて、何の部品を作らされているのかもわからない。労働そのものが苦痛でしかない階級といえるのではないでしょうか」
(本誌・亀井洋志)
※週刊朝日 2018年7月20日号より抜粋