ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「ベッカム」を取り上げる。
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1975年生まれの私は、いわゆる『ジャパンマネー』の凄さを肌身で感じ、そしてその魔力を今なお信じ続けている最後の世代かもしれません。特に音楽業界。バブル以降、洋楽CDは当然のごとく日本先行リリース(日本盤限定ボーナストラック入り)され、マイケルもマドンナも世界ツアーの初日は日本でした。他にもレイ・チャールズの『いとしのエリー』、ホイットニーの消費者金融CM、毎年のようにダイアナ・ロスが来日していた90年代など。彼らにとって日本市場は、本筋とは別のうまみがあったことは紛れもない事実であり、それでも徹底して「欧米には金に糸目はつけない」スタンスを貫いてくれた敗戦国日本のお陰で、私は上等なエンタテイメントにたくさん触れることができました。
バブルがはじけた後も、ジャパンマネーの存在感はさほど変わりませんでした。それが最も顕著だったのがJリーグです。ジーコに始まりリトバルスキーやストイコビッチ、リネカーにイルハン様まで。サッカーに全然明るくない私ですら知っている世界のビッグネームたちが、入れ代わり立ち代わり日本のチームに在籍していました。つい最近も、スペインのイニエスタ選手がヴィッセル神戸に移籍したとニュースになったばかりですし、相変わらずクリスティアーノ・ロナウドは画面の中で腹筋を鍛え、ネイマールもこの間まで頭皮ケアシャンプーで洗髪していました。日本に来た外国人旅行者は、この異様な光景に驚くそうですが、かつてテニス界きっての悪童を使って「歯槽膿漏にはマッケンロー!」と謳い、さらには元ビートルズに「リンゴ、すった?」とカメラ目線で言わせた国。そんなの朝飯前です。とは言え、以前のようなジャパンマネーの乱れ打ちはできなくなった上に、「とりあえず外国人」という手法も昔ほど効果的ではなくなっているのは確かです。今やお茶の間の外タレと言ったらサマンサタバサのミランダ・カーやオースティン・マホーンぐらい。ジャン・レノがCMに出まくっていた頃に比べるとかなりショボい。と思っていたら、いました。まさにジャパンマネーの申し子が。イングランドサッカー界の大スター、ベッカムさんです。
98年のW杯では退場を喰らい、国内で戦犯扱いを受けるも、かのヴィクトリア夫人との結婚を経て迎えた2002年の日韓ワールドカップ以降、日本でも『ベッカム様フィーバー』を巻き起こし、数多のCMにも出演しました。あれから16年。なんと先日の日本vs.コロンビア戦のお台場のパブリックビューイング会場にその姿が! しかもハーフタイム中に登場し、腕や首に隙間なく彫られた、もはや模様だか文字だかも判別できないタトゥーを晒しながら「日本グッドラック!」と適当なことを言うだけで帰るという。これぞジャパンマネー。一昨年の紅白で、唐突にVTR出演(歌唱はナシ)したポール・マッカートニー以来の頓珍漢っぷりです。でも、やはり日本はこうでなくちゃね。
聞けばベッカムさん、1カ月前にも長男ブルックリン君と連れ立って来日していたそうで。いよいよ家庭にも仕事場にも居場所がなくなってしまったのでしょうか? 大丈夫、日本はあなたを裏切りません。どうぞ心おきなくジャパンマネーを食い潰してやってください。ちなみにベッカムさんも75年生まれです。
※週刊朝日 2018年7月6日号