そういうのを経験していくうちに、小津さんのすごさが分かっていって。次の年の「彼岸花」の時には緊張しました。短い台詞、「行くの」という一言でも、「の」をもうちょっと下げてとか、「く」が違うとか。厳しく指導されました。

 小津さんはいつも、よれよれのチャコールグレーの上着を着てらした。私は1着しか持ってないんだと思っていました。ある日、鎌倉のお宅に行った時に、押入れが開いていたんです。中を見たら、全部同じ色のスーツが10着か20着あって。あっ、ほんとはおしゃれな方なんだ、と。

 ガンになられた時も「ガンモドキだよ」と笑っていらっしゃいました。本当に洒落の分かる大人の方でした。(本誌・菊地武顕)

週刊朝日 2018年6月29日号