6月12日に予定され、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長によれば「歴史的出会いになる」はずだった米朝首脳会談が、トランプ米大統領の意向で中止となった。これを受けて北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)第1外務次官は、「予想外であり、極めて遺憾」「我々はいつでも、どんな方法であれ、対座して問題を解決する用意がある」との談話を発表、軍事的にも経済的にも苦境にあることを感じさせた。その実情を、長年現地に通い続ける写真家・初沢亜利氏の目を通して見る。
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平壌の光景に大きな変化が生じたのは、金正恩委員長の政権が安定した2013年から。自由市場で儲けた金で不動産業などさまざまな商売を展開する、金主(トンジュ)という富裕層が登場。高層マンションに住み、タクシーで移動して高級レストランで食事をする。金正日(キムジョンイル)時代では考えられない光景だ。李雪主(リソルチュ)夫人のファッション、身のこなしも若い女性に影響を与えている。カップルが人前でいちゃつく姿も見かけるようになった。
一方、地方にはほとんど変化が見られない。脱北者によると、餓死者はほとんどいない。主食はトウモロコシから米に変わりつつある。それでもまだまだ貧しい。家の中や自由市場の撮影は何度通っても許されない。情報統制国家では住民が相互に監視し合い、外国人の行動にも目を光らせる。撮影は緊張の連続だ。案内人との信頼関係が撮影の成果を大きく左右する。
貧しいけど懸命に生きている、と伝えてくれれば問題はない。最高指導者を批判する目的で写真を使わないで、が案内人の口癖だった。
●プロフィール
初沢亜利
1973年、フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒業。写真集に、イラク戦争前後を撮影した『Baghdad2003』、東日本大震災翌日から1年、宮城・気仙沼を中心に撮影した『True Feelings 爪痕の真情。』、2010~12年に北朝鮮を写した『隣人。38度線の北』、基地問題に揺れる沖縄の現状を多角的に追った『沖縄のことを教えてください』がある。近刊に、16~18年に北朝鮮を撮影した『隣人、それから。38度線の北』。東京・六本木の山崎文庫にて8月15日まで写真展「北朝鮮2016-2018」開催中。
(写真・文/初沢亜利 構成/本誌・伏見美雪)
※週刊朝日 2018年6月1日号