今はコックのエースたるこぶたちゃんも、いつかは衰えてお払い箱になる日がくるだろう。そのときは今まで料理する側だった自分が、料理される側になる。そんな恐怖を背負いながら、今日もフライパンを振るうこぶたちゃん……。

『たべるトンちゃん』(作・初山滋)という絵本では、大食漢のぶた・トンちゃんが食べまくり、最後は自分が食べられてしまう。「たべるトンちゃんは、たべられるトンちゃんになりました」というもの悲しいエンディングだ。わが家の次男(10)は不条理な結末に涙していた。

 老舗とんかつ店・井泉のマスコット(名前はなさそう)のブタは、こぶたちゃんのように人間然とはせず、二足で立つブタの腹に「かつ」とだけ書いてある。生きてるうちに身体に料理名を記されている。泣けてくる。

 こぶたちゃんと、トンちゃんと、井泉のブタ。『たべるトンちゃん』を読みながら、『エースコックのわかめラーメン』と『井泉のかつサンド』を食べてみよう。この世の残酷さが見えてくる。その刹那を背負いフライパンを握るエース、こぶたちゃん。頑張れ、抗え、『エースコック』! 油断してると、今度料理されるのは、我々人間かもしれないぜ。

週刊朝日  2018年6月1日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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