落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「エース」。
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『エース』……なんという洗練された力強い響きだろう。スタイリッシュな耳心地。『エース』の冠をつけられる日など私には来ないだろうが、ためしに「俺はエースだ」と口に出してみる。
勇気を出して『エース』を気取るだけで、今までの自分より少しステップアップしたような錯覚を起こしてくれる、そんな『エース』の称号。
大空に向かって、両腕をいっぱいに広げ、仁王立ちで「俺こそが、エーーースーーーっ!!」と叫ぶと得られる万能感の凄いことよ。そしてもちろん、表記はアルファベットの一文字で『A』だ。上へと伸びるとんがったそのフォルム。かっこよすぎて、もうぐうの音も出ない。
また『エース』の響きからはその孤独も感じられる。「今は『エース』だけれど、突き上げをくらって、その座を誰かにとって代わられるのでは……」という不安感。それを含めてこその『エース』なのだ。『エース』に半永久的な安定はない。『エース』は儚く、それを背負うには覚悟が必要だ。『ウルトラマンエース』『エースキラー』『Wエース』『エースをねらえ!』『ハイエース』……いろんな『エース』があるが、つきまとう影が一番濃いのは、やはり『エースコック』。『エースコック』のこぶたちゃんのマスコットマークを見るといつも私は胸がザワつく。
『A』と描かれたコック帽を被り、白衣姿に右手にフライパンを持ったこぶたちゃん。恐らく彼(彼女?)が『エースコック』⇒『コックのエース』⇒『コックのなかで一番腕の立つ職人』というモチーフなのだろう。が、やはりそこには「食材たる家畜がマスコットになっている」というもの悲しさがつきまとう。
昔、「♪ぶた、ぶた、こぶた、お腹が空いたっ! ブ~!」というCMがあった。お腹が空いたのは、いったい豚か? 人間か? こぶたちゃんはコックの出で立ちで食材たる同胞を料理しようというのか? その顔は下がり眉毛で、若干はにかんだような曖昧な笑顔。そこに感じる深い闇……。