葬式はほら、みんなが弔辞を読むじゃない。あれは、そういうことが苦手なヤツから先にやらせる。小堺一機や関根勤は、ちゃんとしゃべれそうだからあとのほう。今のところのいちばんは勝俣州和かな。

 一般の人にも、たくさんしゃべってもらいたいね。このあいだ50代ぐらいの女性にお礼を言われたんだけど、昔、欽ドンの公開録画で自分の笑顔がアップで映ったおかげで、お父さんとお母さんが離婚を思いとどまったんだって言うの。「この子から、この笑顔を奪っちゃいけない」って。

 そういう話を葬式でしてほしいよね。子どもたちも「お父さんの笑いというのは、こんなふうに世の中の役に立っていたのか」ってわかってくれるかもしれないじゃない。僕は、天国か地獄からそれを聞いて、ああ、テレビをやっててよかったなって思いたいな。

 墓は、記念碑みたいなのがいいな。友達もファンも、みんなが好きな言葉を彫れるスペースがあったり、ツーショット写真とか僕に関係があるものを持ってきて、中に収めたりできる。お墓は、骨を埋めずに歴史を埋める場所だってことにしたいね。みんなが故人の歴史に会いに来てくれる。

 人生の最後は、「コメディアン人生は愉快だったな……」って言いながら死んでいくのがいいかな。

 前は「なんでそーなるの」と言いながら死んで、人生にオチをつけるのもいいなと思ってたんだけど、ほら、そういう神妙な場面だと、みんな笑いづらいじゃない。最後の最後でスベるのは、やっぱり避けたいよね。

(聞き手/石原壮一郎)

※週刊朝日オンライン限定記事