■「ここの天丼だと、“すっ”と腹の中へおさまってしまう」

池波は株式仲買店員だった頃のことをこう回想している。〈会社廻りの帰りに三昧堂へ行き、好きな本を二、三冊買ってから〔天國〕へ入り、それをパラパラとひろげて見ながら〔天ぷら御飯〕か〔お刺身御飯〕を食べるのが、小僧のころの私のたのしみだったものだ〉(※2)

 年をとってからは、天丼に切り替えた。〈(すこし、腹が“くちい”な)と、おもっても、ここの天丼だと、“すっ”と腹の中へおさまってしまう〉(※2)

 同店は油の質に気を使っているうえ、しつこくない甘さの丼タレに天ぷらをくぐらせ余分な油を落としているからだろう。

「銀座天國」東京都中央区銀座8‐9‐11/営業時間:11:30~21:00L.O./定休日:12月31日と1月1日のみ

■「何を食べても旨いが、私は上等の五目やきそばとネギそばが好きだ」

 横浜中華街に昭和20年に開店。店頭でも販売するシウマイが名物で、池波は師匠の長谷川伸氏への土産として利用している。

〈長谷川師が「むかしの味がするね」といった清風楼の焼売は、私の大好物だ。(略)ここの焼売は豚肉と貝柱と長ネギのみを使う〉(※1)。肉がたっぷり入っていながらも軽い味わいで、何個でも食べられる。

 店内では麺類を好んで食べた(※1)。お気に入りのひとつ、上五目ヤキソバは、野菜はもちろん、綺麗な切れ込みを入れたイカ、アワビ、エビ、叉焼、ウズラの卵が豪華にのっており、麺が見えないほどだ。

「清風楼」横浜市中区山下町190/営業時間:平日11:45~14:30、17:00~20:30(休憩時間でもシウマイは販売)、土11:45~20:30、日祝12:00~20:30*L.O.はそれぞれ30分前/定休日:木(祝日の場合は水か金)

■「扉を開けて一歩中へ踏み込むと、ラードの香ばしい匂いがただよってきて」

 特製大カツレツは180gもあるが、池波は〈若いころは、これを三枚は食べたものだ〉(『食卓の情景』以下※3)と自慢する。ソースをたっぷりとかけるのが好きで〈コロモと肉とキャベツがソース漬のようになったやつを、熱い飯と共に食べる醍醐味を、「旨くない」という日本人は、おそらくあるまい〉(※1)と記す。

「先生は熱燗を飲みながらカツレツを食べてらっしゃいました。でも本の中には、ウイスキー・ソーダで食べる、と。洋食屋の私どもへのお気遣いでしょうか、ウイスキーのほうがかっこいいと思ったからでしょうか(笑)」(木田浩一朗社長)。カツの後にハヤシライスを平らげたという。なんという健啖ぶり!

「煉瓦亭」東京都中央区銀座3‐5‐16/営業時間:11:15~14:15L.O. 16:40~20:30L.O.(土祝は20:00L.O.)/定休日:日

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