アルバムのテーマは“別れ”。ここ1年、彼女の身に起きた“別れ”にまつわる出来事に由来する内省的な曲が大半を占めている。
冒頭の「さざ波よ」だけは、前作までの流れをくんだ伴奏的な演奏展開によるもので、音数が多いのも惜しい。飼っていた猫の死をきっかけに、命の始まりと終わりが、寄せては返すさざ波のよう、という思いから書いたという。そうしたエピソードを知るまでもなく、遠くに旅立っていくものの足跡や足音が、さざ波にかき消されるという情景描写が、はかなさ、切なさといった心情とともに余韻を残す。
「手紙」では、とっくの昔に“あなた”がこの世から消えてしまっていたことを誰も教えてはくれなかったと、つぶやくように歌われる。恋人との別れの予感を歌った「さよならの声」では、客観的で冷静な心情描写とは対照的に、情感のこもった歌が聞かれる。
最も印象深いのは表題曲の「魔法」だ。別れた恋人への思いはなくなっても、胸の内に残る恋人との“魔法”の余韻を捨てきれずにいる主人公の心情を描いている。林正樹の端正なピアノが光るジャジーな演奏展開をバックにした、気だるく物憂い優河の歌唱が味わい深い。
「夜になる」は、去ってしまった恋人への捨てきれない思いを描いた歌だ。そのメロディー、ソウル・ジャズ的な演奏展開は、これまでの優河にはなかったポップなもの。表題曲と並ぶ本作でのハイライトだ。
“別れ”というテーマからは外れるが、ハルモニウムによるアンビエント的な演奏をバックに傷ついた心の持ち主に愛をふりそそぐ「愛を」も聞き逃せない。
小舟で岸辺から発っていく“私”と“あなた”との別れを歌った「岸辺にて」からは、別れは一人での歩みの始まりという決意がくみ取れる。悲しみを糧に希望をと歌いかける「瞬く星の夜に」が物語るように、本作からは優河のポジティヴで確固たる意志がうかがえる。
優河は新たな一歩を歩み出した。これからの活躍が期待される彼女にエールを送りたい。(音楽評論家・小倉エージ)
●『魔法』(P-VINE RECORDS PCD-25248)