デニムストリートという藍染めショップで『デニムまん』というアバター色の肉まんを見つけた。「いっさい食欲のわかない色!!」という手書きのポップ。店員さんに「売れますか?」と聞くとただ笑うのみ。いろんな「?」が頭にわき上がるが、食欲はわかない。試食。味は普通の肉まんだ。ただうまく感じない。「人間は見た目より中身」とよく言うが、肉まんは「見た目が大事」。忘れた頃に真っ青な歯クソがとれて驚愕した。

 大原美術館へ。地元の資産家・大原さんが集めた絵画・彫刻の数々が展示されている。ただ私は芸術鑑賞の素養がまるでない。スタスタ歩くと「こいつわかっとらんな(笑)」と思われるのも癪だ。一展示物につき最低1分鑑賞を自分に義務づける。結果めちゃくちゃソー・タイヤードだった。

 喫茶店へ。20代のカップルがこちらをチラ見している。「間違ってたらすいません……一之輔さんですか?」「はい」「キャー!! ファンなんですっ!」。テンションMAXの彼女。店内は「なんだ・どうした・誰だ?」な空気でいっぱい。手足をバタつかせながら「私、岡山なんですけど一之輔さんの落語会は何度も行ってるんです!」「ありがとう。これから市内で独演会……」「あ、行けません」。即答だった。ファンじゃないじゃん。半年前から告知されてるのに……当日券もけっこうあるのに……。「……デートじゃしょうがないよね」「すいません、次は必ず行きます!」。なんで俺フラれたかんじになってるんだ。

 会計を済ませるとレジの女の子が我慢できなかったんだろう。「……失礼ですが……有名な方なんですか?」。失礼だよ! その質問が生じた時点で有名じゃないし。

 倉敷。なかなか思い出深い土地になった。しばらくは来ないだろうな……と帰りの電車で手帳を開くと、3月にまた落語会の予定が入ってた。ギャフン。

週刊朝日  2018年3月23日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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