今年の山中千尋は、ゆっくりと休む暇もなく、日本と欧米を股にかけて走り続けた感が強い。アルバムに関しては、5月に昨年作『レミニセンス』と同時期録音の続編と言える5曲入りの『スティル・ワーキング』、7月にデビュ-50周年を迎えたザ・ビートルズへのトリビュート作『ビコーズ』をリリース。今年も残り半年を切ったその時点ではまったく予期していなかった本作が、暮れも押し詰まった12月5日にリリースの運びとなるとは、レコード会社の担当者も知らなかったのではないだろうか。
2008年リリースの『アフター・アワーズ』はピアノ+ギター+ベースの編成で、1940~50年代のナット・キング・コールやオスカー・ピーターソンに代表される“プリ・バップ・トリオ”だった。2007年12月から2008年1月の同作録音期間中である12月23日に、ピーターソンが逝去。その報を受けて、巨匠の愛奏曲を集めたトリビュ-ト・アルバムにした経緯がある。その後の山中は同トリオを率いて、NYロングアイランドのクラブに、3ヵ月に1度のペースで定期的に出演。アルバム名通り、ジャム・セッションのような感覚で、雰囲気に応じてスタンダーダー・ナンバーの演奏を重ねてきた。
前作の後、トリオ+クラリネット+ヴィブラフォン+ギターのベニー・グッドマン生誕100周年記念作『ランニング・ワイルド』(2009年)、近藤真彦歌唱曲のカヴァーが話題を呼んだ『フォーエヴァー・ビギンズ』(2010年)、ソウル&ブラック・コンテンポラリーをテーマにした『レミニセンス』と、通常のドラムス入りの編成が続いた。今作は「地味な活動」を続けてきたドラムレス・トリオの、4年超ぶりとなる近況報告である。 前作のようなアルバム・コンセプトは掲げず、ライヴのレパートリーを中心に選曲。オープニングにふさわしい編曲を加えた#1、ドラムレス・トリオのアドヴァンテージを活かして独特な疾走感を表出した#4、ピアノ&ベースのデュオによるブルージーなシャッフル系バラードで新境地を開いた#5、「ロッキン・イン・リズム」や「バイ・バイ・ブラックバード」を引用した楽しげなピアノ・ソロが印象的な#6、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの代表曲なのにドラム抜きで演奏したのが一興な#7、低~中音域を主体のアドリブでピアノが自由に主張する#8、元々冬らしい旋律の曲にさらなる季節感を加えたアレンジが光る#9、実際に録音してみて様々なアプローチが可能なことを山中が発見したという#10。闘病中だった評論家の岩浪洋三氏へのメッセージを込めた#2と、ソウル好きを反映した#3のオリジナル2曲も収録。通常盤追加曲<時さえ忘れて>はギター入りということもあってサラ・ヴォーンを想起していたところ、山中もサラ・ヴァージョンが好きだと知って、偶然の一致に驚いた。山中の“ジャズ愛”が滲み出た作品である。
【収録曲一覧】
1. Fly Me To The Moon
2. Wakey, Wakey
3. Drift Apart
4. Just One Of Those Things
5. Georgia On My Mind
6. I’ll Close My Eyes
7. Moanin’
8. Beautiful Love
9. Skating In Central Park
10. Autumn Leaves
11. Katsute (bonus truck for limited edition)
11. I Didn’t Know What Time It Was (bonus truck for normal edition)
山中千尋:Chihiro Yamanaka(p) (allmusic.com へリンクします)
アヴィ・ロスバード:Avi Rothbard(g)
脇義典:Yoshi Waki(b)
中村恭士:Yasushi Nakamura(b)
2012年9月ニューヨーク録音