初めて聴いたのに、懐かしい。
世界各地で演奏するたびに、誰もが同じ感想を漏らすという。“篳篥(ひちりき)”という楽器は、1400年前にシルクロードから渡来人によって日本にもたらされた。
「完成度が高いため、最初は神仏の儀式に使われる音楽でしたが、平安時代には、その一部は貴族たちが自由に演奏を楽しむためのたしなみとして確立していきました。1千年以上前の楽器の形と音色をそのまま残しているのは、世界中探しても雅楽だけです。国に守られたお陰で、進化も退化もせず、古楽器がそのままの形で今も使われることになった。西洋と東洋の線引きがはっきりとはなかった時代に生まれた楽器だからこそ、どんな人の琴線にも触れるような普遍性があるんでしょう。雅楽の音階はいわゆる西洋音階と同じ。だから、もともとグローバルな表現に向いているのです」
そう話すのは雅楽師の東儀秀樹さんだ。プロフィルには、「東儀家は奈良時代から今日まで雅楽を世襲してきた楽家」とあるが、“東儀”は母方の姓で、東儀さん自身は幼い頃、自分が雅楽師になるなどとは思いもしなかった。商社マンだった父の転勤に伴い海外を転々とし、幼稚園でビートルズに夢中になり、中高ではロック三昧。高校卒業後に初めて、篳篥に触れることに。
「篳篥を習ったときは、日本にこのような世界に誇れる音楽があり、それをこれから自分が継承していくという誇りと責任を感じつつ、篳篥でいろんな表現ができそうなことにワクワクしました。もともと洋楽畑で育ったことで、かえって昔ながらの楽器の面白さに気づけたし、反対にいろんな疑問も湧いてきて、他のどんな楽器よりも、密なコミュニケーションをとることができたんです」
もの静かで神経質な人をイメージしがちだが、実際の東儀さんは、快活でおしゃべり好きで、どこかワイルドだ。どんな時代のどんな国のどんな人とでも、音楽で共鳴できそうなたくましさが感じられる。
「中高生の芸術鑑賞会に呼ばれることが多いんですが、中高生って、『古典芸能なんてつまらないから、寝て過ごそう』って思ってますよね(笑)。そういう先入観をひっくり返すのが好きで、嵐の『Japonism』というアルバムで彼らとコラボした話をしたり。いろんな人との出逢いのエピソードを交えながら、閉鎖されたイメージのある伝統音楽が、実はとてもグローバルで、普遍的な魅力を持っているものなんだってことを伝えますね。今回のアルバム『Hichiriki Cafe』も、去年大ヒットしたアニメ『君の名は。』の主題歌『なんでもないや』を演奏しているんですが、映画を観たときに、『これを篳篥で吹いたら、篳篥の音色が映える』という直感があった。結局、いつの世も、曲や人との出逢いが、音楽家の気持ちを高揚させ、人の心に届く音楽が生まれるのだと思います」
※週刊朝日 2017年9月15日号