8月31日、別れを惜しむ客でごった返すそば店「まるよ」(撮影・直木詩帆)
8月31日、別れを惜しむ客でごった返すそば店「まるよ」(撮影・直木詩帆)
「まるよ」一番人気のかき揚げそば(撮影・直木詩帆)
「まるよ」一番人気のかき揚げそば(撮影・直木詩帆)

 築地場外市場のもんぜき通りにあるそば店「深大寺そば まるよ」が8月31日、60年の歴史に終止符を打った。しとしとと小雨が降ったこの日。カウンター8席ほどの小さな店は、最後の一杯を味わおうと訪れた常連客でにぎわった。

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 店は今年で創業60年目。毎朝5時から営業し、魚河岸の関係者や、仕入れに訪れる人などに愛されてきた。一番人気はタマネギやニンジンの入ったかき揚げそば、650円。創業時から主人と店を守ってきた織田博子さん(83)に廃業の理由を尋ねると、「いろいろね……」とほほえんだ。

 カウンターでそばをすすっていた川崎市高津区の「北海寿し」店主・後藤治さん(48)は、声を詰まらせ、こう話した。

「26歳で店を始めたころから、仕入れの帰りには、毎日のように通いつめていました。ここのお父さん、お母さんは父の葬儀にも参列してくれた。これからは顔を見られないと思うと……」

 そして「最後だから」とそばつゆをすべて飲み干して店を後にした。

「まるよ」の隣で50年間魚卵専門店を営む「田所食品」の田所惇子さん(76)は、開業して右も左もわからないころから、細かく面倒を見てもらったと振り返る。

「若いころは貧血気味で、具合が悪い時はお隣の奥さんがおかゆを作ってくれた。半世紀のお付き合いだったから、なんだかがっかりしちゃって」。

 同店専務の田所悟さん(52)も、「子どものころからかわいがってもらった。年中食べていたから、さみしいです」と肩を落とした。

 「ありがとう」「おつかれさま」「またね」。訪れた客らは主人らにそう声をかけると、皆かみしめるようにそばを味わった。

「顔で笑って、心で泣いて。別れは、そういうものよ」

「まるよ」の織田さんは、にこにこしながらそう言うと、何度もうなずいていた。(本誌・直木詩帆 )

※週刊朝日オンライン限定記事