ライター・永江朗さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『ルポ 食が壊れる』(堤未果、文春新書 990円・税込み)を取り上げる。

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 牛のゲップが地球温暖化を促進すると聞いたときは冗談かと思ったが、本当らしい。また、牛を育てるには大量の飼料や水が必要だ。そのため、環境負荷を考えて人工肉を選ぶ人もいる。でも、人工肉は食べ続けても大丈夫なのか?

 堤未果の『ルポ 食が壊れる』は、この人工肉を入り口にして、工業化された農業や食品産業の実態を報告する。

 人工肉の原材料は大豆。環境にも健康にも良さそうだし、人類を食糧危機から救うかも。菜食主義者にとっても朗報だろう。

 ところがこの大豆が大問題。遺伝子組み換え技術で作られたものが多いというのだ。添加物や保存料もたっぷり。メーカーは安全性を主張するけど、どこまで信じていいのやら。いま現在は大丈夫そうに見えても、将来のことは分からない。大豆由来の人工肉だけでなく、動物の細胞からつくる培養肉もあるけれど、こちらもずーっと食べ続けていいものか。

 人工肉に象徴されるように、農業や水産業のあちこちで大がかりな工場化・工業化が進んでいる。企業が作物を育て、そこでは遺伝子工学をはじめさまざまなテクノロジーが使われる。大規模な資本投下も行われる。大資本が国境を越えて土地を買い占めたりもする。ぼくらの食卓の向こうでは、植民地主義の時代と似たようなことが起きているのだ。

 本書の前半はディストピア小説の世界のようだが、後半は、こうした工業化とは逆方向の事例も報告される。農薬も肥料も使わず、草取りも不要の有機農法とか。長期的に見ないと有効性は判断できないけど、遺伝子組み換えよりは安心できそう。絶望するのはまだ早い。

週刊朝日  2023年2月24日号