
鬼才ベン・シドランが集めた貴重な証言集:マイルスから"RVG"まで
Talking Jazz : An Oral History (Unlimited Media)
はてさてベン・シドランという人物をどう紹介すべきか。いくつもの顔をもち、しかもいずれの顔もハンサム(一級)ときては、うーん、勝てない。基本はピアニスト兼ヴォーカリストだが、自身が興したゴー・ジャズ(Go Jazz)なるレーベルのオーナー兼プロデューサーでもあり、さらにはDJであり音楽批評家でありと、できないことややっていないことを挙げたほうが早いくらい。
この24枚組からなるボックス・セットは、そんな多彩なシドランがひとりの聞き手に徹して、ジャズ史を彩る新旧ミュージシャン約60人に行なったインタヴュー・テープだけで構成されたもの。よって音楽は一切ナシ、会話のみ。ちなみにシドランのインタヴュー・テープからは、最初の成果として『トーキング・ジャズ:アン・オーラル・ヒストリー』なる証言集が刊行されているが、同書のサウンド版ともいうべきものがこのボックス・セット。
24枚のCDには、楽器別にミュージシャンのインタヴューが収録され、ジャズの歴史や創造の秘密など、あらゆる角度から楽しめるようになっている。基本的にCD1枚に2人から3人のミュージシャンが収録され、そのトップを飾るのがマイルスという、じつに正しい展開。マイルスのインタヴューは1986年1月、マリブにあるマイルスの別宅(なつかしいなあ)で収録されたもの。シドランのプロデューサーでもあり、当時はマイルスを担当していたトミー・リピューマがセッティングし、同席もしたという。インタヴューは約40分に及ぶものだが、これぞまさしく《ナルディス》に関する"あの発言"が記録された瞬間ではないか。インタヴューの最後にシドラン(Sidran)がマイルスに《ナルディス》(Nardis)について、「いえ、その、私の名前のバックワーズなもので」と説明、それに対してマイルスが「No kidding? No kidding. I don't know, but that's a nice name, man」と返す下りは、かるーく感動的ですらある。またマイルスが《ナルディス》をキャノンボール・アダレイのために書いたという話も本人の口から公にされる。
マイルス以外にインタヴューに応えているのは、ディジー・ガレスピー、フィル・ウッズ、ソニー・ロリンズ、ジャッキー・マクリーン、マイケル・ブレッカー、キース・ジャレット、ホレス・シルヴァー、ミシェル・ペトルチアーニ、アート・ブレイキー、マックス・ローチ、トニー・ウイリアムス、モーズ・アリスン、ギル・エヴァンス等々。加えて23枚目にルディ・ヴァン・ゲルダー、マックス・ゴードン(「ヴィレッジ・ヴァンガード」店主)が収録されているのは、いかにもシドランらしいこだわり。とくに"RVG"のインタヴューは珍しく、希少性という意味では、このボックスの隠し玉といっていいだろう。あるいはオモテの顔はマイルス、ウラは"RVG"ともいえる。
それにしてもと改めて思うに、日本人が聞き手の場合はなかなか”決めゼリフ”を引き出すことができず、しかも相手が日本語を理解できないことをいいことに「ホントーにホントに本人がそう答えたんだな!?」と疑いの目を向けざるをえないようなもの、あるいは「インタヴューという名の雑談」が多いなか、シドランのインタヴュー取材には過剰な演出や偽装がなく、こういうさりげなさに触れると、「そーかー、やっぱりジャズはアメリカの音楽なんだなあ」と天を仰ぎ見たくなる。
【収録曲一覧】
●Disc 1 (Trumpet 01)
Miles Davis/Dizzy Gillespie
●Disc 2 (Trumpet 02)
Don Cherry/Red Rodney
●Disc 3 (Trumpet 03)
Freddie Hubbard/Wynton Marsalis
●Disc 4 (Saxophone 01)
Phil Woods/Sonny Rollins/Jackie McLean
●Disc 5 (Saxophone 02)
Johnny Griffin/Frank Morgan/Charlie Rouse
●Disc 6 (Saxophone 03)
David Murray/Arthur Blythe/Steve Lacy
●Disc 7 (Saxophone 04)
Branford Marsalis/Michael Brecker/Grover Washington
●Disc 8 (Saxophone 05)
Paquito D'Rivera/Pepper Adams/Archie Shepp
●Disc 9 (Piano 01)
Herbie Hancock/Keith Jarrett/McCoy Tyner
●Disc 10 (Piano 02)
Charles Brown/Jay McShann/Dr. John
●Disc 11 (Piano 03)
Horace Silver/Les McCann
●Disc 12 (Piano 04)
Joe Sample/Don Pullen
●Disc 13 (Piano 05)
Barry Harris/Michel Petrucciani
●Disc 14 (Drums 01)
Art Blakey/Max Roach/Mel Lewis
●Disc 15 (Drums 02)
Tony Williams/Paul Motian/Steve Gadd
●Disc 16 (Bass)
Richard Davis/Marcus Miller
●Disc 17 (Voice 01)
Jon Hendricks/Betty Carter
●Disc 18 (Voice 02)
Bobby McFerrin/Ken Nordine
●Disc 19 (Voice 03)
Dave Frishberg/Donald Fagen/Mose Allison
●Disc 20 (Guitar 01)
George Benson/John Scofield/Steve Khan
●Disc 21 (Guitar 02)
Larry Coryell & Emily Remler/Kevin Eubanks
●Disc 22 (Arrangers)
Gil Evans/Carla Bley/Clair Fischer
●Disc 23 (The Biz)
Max Gordon/Rudy Van Gelder
●Disc 24 (The Author)
Ben Sidran
*Miles Davis interview recorded 1986/1 (Malibu)