ハリウッド・ボウル
この記事の写真をすべて見る

マイルスいわく「ライク・スパニッシュ!」とニューオリンズ・ビート
Hollywood Bowl (Sapodisk)

 ハリウッド・ボウルで演奏するマイルスの絵が浮かばず悩んでいたのだが、ついさっき、ハリウッド・ボウルではマイルスを観なかったことを思い出した。そういうことってないですか? ちなみにハリウッド・ボウルで印象に残っているのは、ウェザー・リポートのステージになんの予告もなくマンハッタン・トランスファーが登場、いっしょに《バードランド》になだれ込んだときと、ワード・オブ・マウス・バンド時代のジャコがアンプを蹴り倒し、ベースを放り投げ、そのままどこかに消えた悪夢のようなシーンだが、マイルスはこのビートルズも出演した屋外ステージに何度か立ち、何枚かCD化されている。ちょうどいい感じの穏やかなすり鉢状態だからだろうか、音質にも恵まれている。

 この83年8月のライヴも強力な音質、最上のバランスで、さすがハリウッド・ボウルにハズれなしを実感させる。クオリティはサウンドボードに近いが、広がりと奥行きはいかにもオーディエンス録音、加えてサウンドのヌケの良さが野外らしい空気と風を運んでくる。1曲目の”ジャーン”がいきなり天空高く突き刺さり、約20分間、ひたすらポジティヴ・シンキングで前進していく。ラストからそのまま”ズドドコ”の《イフェ》に移行、しだいにアップ・テンポで引きちぎるようにラストまでもっていく。そしてマイルスが突き上げるように《アイーダ》のけたたましい一発をかますという、わかっちゃいるけど「待ってました!」と感嘆符をつけて叫びたくなる展開。しかしぼくは《ファット・タイム》がいちばん好きなんですよね。いかんせんフェイドイン・ヴァージョンだが、アル・フォスターのソリッドなビートがフェイドインの無念と日常生活の憂さをきれいに洗い流してくれる爽快感たるや。それにしてもアル・フォスターとはなんとマイルスなビートを叩き出すドラマーか。マイルスとの呼吸とサウンドのフィット感という点では(もちろん時期にもよるが)、歴代ドラマー中トップに位置するのではないか。ちなみに《ファット・タイム》、オリジナル・ヴァージョン(『ザ・マン・ウイズ・ザ・ホーン』収録)をレコーディングするとき、マイルスはマイク・スターンに「Like Spanish, like Spanish」とくり返し、アルに要求したビートはマイルスいわく”ニューオリンズ・ビート”だったという。うーん、マイルスが言うことにはいちいち納得させられるなあ。ビル・エヴァンスもスターンも健闘している。しかしこの曲の主役はマイルスの哀愁満載のソロとアルのニューオリンズ・ビートって、さっき覚えたフレーズ、すぐ使うなよ。

【収録曲一覧】
1 Back Seat Betty
2 Ife
3 Aida
4 Fat Time
5 Jean Pierre

Miles Davis (tp, key) Bill Evans (ts, ss, fl, key) Mike Stern (elg) Marcus Miller (elb) Al Foster (ds) Mino Cinelu (per)

1982/8/3 (LA)

[AERA最新号はこちら]