●レコーディングって、どういうふうにやるんだろう
高田馬場駅の近くに「ビッグボックス」という建物があります。もう10数年行っていないので今はどうなっているかわかりませんが、かつてここにはレコーディング・スタジオがありました。
1990年の下旬、ここでジャズの吹き込みが行なわれました。私がアルバイトで雇われていたジャズ雑誌の編集部から歩いて5分もかからない距離です。「レコーディングっていったい、どんな感じでやるんだろう」と、私は興味しんしんでスタジオをのぞきました。
●幻の「ウェイル」
その日のレコーディングは、スタンリー・カウエル(ピアノ)、セシル・マクビー(ベース)、ロニー・バラージュ(ドラムス)という顔合わせでした。各メンバーの前にはそれぞれ仕切りがあって、ヘッドフォンをしながら演奏します。曲を完奏するごとに、メンバーがスタジオから別室(コントロール・ルーム)に入ってきてそれを聴き、ああだこうだと言いながら、場合によっては同じ曲をもう1回プレイします。
「レコーディングって、すごく時間がかかるんだなあ」と思いました。40数分のレコード(この作品はCDとLPの同時発売でした)を完成させるのには、その何倍もの時間が必要なわけですね。ライヴ・ステージなら通常、同一曲を繰り返してプレイすることはありません。ならばレコーディングも一曲一発主義でやればいいのに、と当時20歳の私は思いました。だって、ジャズなのですから。今もその気持ちは変わりません。
いちばんテイクを繰り返したのは、ロニー・バラージュが書いた「エンドレス・フライト」という曲だったように思います。テーマ部分の“キメ”で、どうにも呼吸が合わないのです。おそらく煮詰まってきたのでしょう、スタンリーが「別の曲にいこう」といいました。バド・パウエル作「ウェイル」です。しかしこの曲は高田馬場で演奏されることなく終わりました。「ウェイル」は当時、出たばかりのスタンリーの最新作に収録ずみだったので、マネージャー(だと思います)からNGが出たのです。
●ミキシングひとつで印象が変わる
けっきょく、私がスタジオで聴けた楽曲は「エンドレス・フライト」とカウエル作の「エクィポイズ」ぐらいだったと思います。残りのテイクは、『クロース・トゥ・ユー・アローン』というアルバムになってから初めて耳にしました。けっこうわくわくして針を下ろしたのですが、音量のバランスがスタジオで聴いていたものとまったく違うのには戸惑いました。ガンガン鳴っていたセシル・マクビーの生音が消え、ブイーン、バイーンといやらしく電気増幅された音が前面に出ているのです。おそらくミキシング・エンジニアが、生の音よりもアンプ(もしくはライン)の音を優先したのでしょう。惜しいなあ、と思います。1970年代から90年代初めにかけてのジャズが、場合によっては古臭く聴こえる一因には、間違いなくこのアンプ・ベース音があるはずです。ウッド・ベースは電気楽器ではない、それを改めて世に知らしめたクリスチャン・マクブライドは、まだこの時デビューしていませんでした。